製品化に20~30年かけるのも珍しくない
アイデアがあっても、製品化するまでにかなりの時間を要する技術もあります。たとえば、筒状に編む技術を用いた人工血管の開発には、20年の歳月がかかりました。インクジェットの手法を繊維に応用し、少量オンデマンド生産を目指したデジタルプロダクションシステム「ビスコテックス」は、開発から28年かけてようやく実現し花が開きつつあります。
なかなか芽の出ない技術開発を継続するのは、競争が激しい今の時代、企業にとってはリスクだと捉える人も多いかもしれません。しかし、開発には10年以上かけなければ、一人前の技術が花開きません。1年や2年で開発した技術は、他社にもできます。差別化にはならないのです。10年以上かけてこそ差別化技術が生まれると私は思います。
そのような具合なので、私たちの開発スピードはかなり遅いと言えます。製品化されるまでは売り上げや利益などの数字に表れないため、投資家や市場からは評価されにくいのも事実です。けれども、私は数字に表れない価値こそ大事にしたいのです。
たとえば、セーレンの開発力や人材力を担う、技術者や工場で働く人の環境づくりには特に力を入れています。繊維の染色工場は、かつては典型的な3K(きつい、汚い、危険)職場と言われていましたが、私たちが1990年に福井県坂井市に建設した新工場は従業員の働きやすさを第一に考え、“ホテル・ファクトリー”とも言える快適な職場環境にしています。
技術者に対しても、自由に伸び伸びと研究に打ち込める設備や環境に配慮しています。たとえ開発期間が長引いたとしても、「結果が出ないなら、そろそろ中止してはどうだ?」などとプレッシャーをかける上司はいないはずです。技術者には納得できるまで思う存分研究に打ち込んでほしい。
私は彼らのことを、冗談半分で「遊び軍団」と呼んでいますが、遊べるくらいの環境のほうが、優れたアイデアや技術開発が生まれるのではないかと思っています。こうした環境整備にはコストがかかります。しかし、「働きやすい環境」であることも、数字には表れない企業の力です。
大事なことは、社員が「自主性をもってのびのびと、責任感をもっていきいきと、使命感をもってぴちぴち」と仕事に向き合うことです。「のびのび、いきいき、ぴちぴち」は、セーレン当社社員が夢や希望を共有するための経営理念です。製品化まで何年かかろうとも、セーレンの技術者たちは、「この技術がものになれば世の中の役に立つ」という信念を持って開発に取り組んできたはず。こうした社員の姿勢がセーレンの技術シーズを育て、将来のセーレンを担う新規事業を生み出してきたと言えます。