その意味で、これまでお会いした方で印象深いのは、旧厚生省の官僚であった山口正義さんです。もう亡くなられましたが戦後、公衆衛生局長、労働省労働衛生研究所長を歴任し、最後は結核予防会の会長を務めた方です。

男性ですが「あそばせ言葉」を使われる方でした。語尾に「あそばせ」をつける「あそばせ言葉」は、女性の言葉づかいと思われていますが、もとは江戸時代の上級武士の言葉づかいです。山口さんはいつも毅然としており、所作のひとつひとつに気品と、相手に対する深い思いやりが感じられました。

融資相手が誠実かどうかを見分ける

逆の場合もあります。「家業を生業にしない」という家訓に従い、私は政府系の金融機関に定年まで勤めましたが、業務畑が長かった。融資の窓口を担当したときには、融資の申し込みに様々な方が来られて平身低頭されますが、その立ち居振る舞いを見ていると、誠意のある方かどうか、仕事を離れてもつきあえる方かどうかが私にはわかりました。よく同僚に「なぜわかったの?」と驚かれたものです。

つまり、礼法による作法を体得することで、多くの言葉を弄さずとも、相手に対する誠意や相手を敬う心を伝えられると同時に、相手の自分に対する気持ちや思いを汲み取ることができるようになるのです。

正しい姿勢をとることを基本とするのは、武家の礼法に特有のものではありません。ヨーロッパの騎士道に由来する貴族の作法にも、同じ考え方があります。それは乗馬とダンスに象徴的に見られます。いずれも貴族の嗜みとして、必ず身につけなければいけないものですが、正しい姿勢を取れないとできません。

流鏑馬でもそうですが、乗馬は足腰の筋肉をしっかり使って正しい乗馬姿勢をとらなければ、馬から振り落とされてしまいます。ダンスも体幹がぶれたら踊りになりませんし、相手に迷惑をかけてしまいます。

「体直く」を基本とする生活は、洋の東西を問わず、上流階級の作法として重視されていたものと思われます。