石橋オーナーはああしろこうしろという指示は絶対口にしない。禅問答のような謎かけをするだけだ。そして、「わかるやつにはわかるが、わからんやつにはわからん」が口癖だった。
たとえば、私が福岡支店長として全国の事業所長会議に出席したときのことである。売上高は目標を達成できたが利益が足りなかったという私の報告を聞いて、オーナーは激怒した。
「資材に詳しいはずのおまえが、なんじゃいこの原価は」
しかし、手持ちに余裕のあった私は、こう応じた。
「売り上げを積み増しして、計画通りの利益を確保します」
「アホか、立っとれ!」
その後、3回も言い直しをしたが納得してもらえない。最後の最後に、「原価と経費を引き下げて、売り上げが伸びなくても計画通りの利益が出るよう改善します」と言ってようやく座らせてもらえた。
要するに石橋オーナーは、自分の思惑を相手が察するまで、自ら答えは言わないのである。それが、終始一貫した石橋オーナーの話法であった。
創業者・石橋信夫が私へ遺した言葉
さて、私は家に帰ってから、「決断が一番大事」とはどういう意味なのか、考えに考えた。一晩考え抜いた結論は、部下と一対一で徹底的に対話をするしかないということだった。直情径行な私には、石橋オーナーのように、それぞれの部下の性格を読んでうまく試練を与えるような話術はない。こちらが胸襟を開いて本音をさらけ出すことによって、部下にも心を開いてもらう。それ以外に、四面楚歌の状態を打開する方法はない。
そう決断を下した私は、朝と夕方に一人ずつのペースで当時いた70数名の部下全員と徹底的に話し合った。支店長としてどのような気持ちで仕事に臨んでいるのかを、営業マン一人ひとりに言葉を尽くして語りかけたのである。議論が白熱すると帰りの足がなくなってしまうので、わざわざ運転免許を取ったのもこの時期である。