なぜ、この本を読むと胸が熱くなるか

大和ハウス工業会長 
樋口武男氏

「学歴はいらないが、学力は絶対に必要だ」

私はこの言葉を社員たちに言い続けてきました。ですが、自分自身を顧みれば、自ら火中に飛び込むような生き方をして、ずっとがむしゃらに働いてきたせいで、なかなかじっとしている暇がなかった。腰を据えて本と付き合う機会に恵まれませんでした。そのせいか多読のクセはつかず、今でも「これは」と思う本しか精読しません。

本当は、立派な功績を挙げた人物の本を読むよりも、直に経験談を聞けるとすれば、それが一番いい。まずは講演などで話を聞きにいってはどうでしょう。そして、良書にはそういった雰囲気が漲みなぎっているように思えます。

私が、真っ先にお勧めするのは『逆境のリーダー・石橋信夫』。大和ハウス工業の創業者であり、人生でもっとも薫陶を受けた恩師です。

この本は、激動の昭和を生き抜いた日本人の格闘の記録です。昭和史の資料としても大きな価値があるんじゃないでしょうか。

晩年、創業者(石橋信夫)が闘病生活をされているとき、できるかぎり長い時間、お話を聞くことができました。能登の保養山荘に泊まりがけで出かけて、私は介護人のようになってベッドに寄り添って過ごしました。1日15時間そばにいたこともあります。

話を聞くといっても、これだけの長い時間ですから、一方的というわけにはいきません。「君はどう思うんや」「それは違うんやないのですか」「なんでやねん」など、意見を戦わせて会話が膨らんでいくのです。今、『逆境のリーダー』を読み返すと、薫陶を受けたときの生の状況がページから浮かび上がり、病床の空気や匂いが立ち上がってくるようで、胸が熱くなります。