鴨が葱を引きたてた

脂の乗った鴨はカロリーが高そうにみえて、実際には、128kcal/100gと、さほどでもない。鍋に使う鶏もも肉は、253kcal/100gと、こちらのほうが数値は上だ。

後に知ったのだが、臭みがあるのはアイガモすなわち家禽であって、野生の鴨肉はさほどにおわないらしい。琵琶湖の鴨が11月から、と限定されているのも天然ゆえとか。

鍋の季節によく思い出すのが、谷崎潤一郎と泉鏡花のエピソードで、

「谷崎君は人も知る悪食家で、鳥でも牛肉でも生のままを平気で食べた。しかも大変な健啖家と来ているから、このときの鳥鍋もろくろく煮えないうちに片っぱしから食べて行く。ところが泉さんとなると、これは佃煮になるほど煮ないと箸をつけないのであるから、いつまで待っても食べられる筈はない。煮える前に谷崎君が食べてしまうからである。これには泉さんも閉口して、しまいには箸で鍋の中に線を描き、これだけは僕の領分だから箸をつけては困ると、抗議していた」(田中純『幸福な作家泉鏡花』)

ダイエットを義務づけられた身にしてみれば、鍋のとき肉類は極力避け、葱だの蒟蒻なんぞをつっついていればよろしい、のであるが、なかなか難しい。鏡花式に線を描き、その領分から肉類を除外する、というのも妙案ではあろうが、やはり肉も食いたい。

ところで、鴨すきの青葱であるが、これほどの逸品なのだから、銘のひとつもついているだろうと尋ねたら、

「契約した農家でこさえてもろうてるけど、ふつうの青葱やし。品種もきいたことない」

「ところにちなんで、高島葱とでも名付けて、特産品にしたらどうですか」

「うちは農家ちゃうしの」

相手にされなかったが、この葱であれば、鴨は一切れ二切れで我慢し、いや、味つけだけにして、いくらでも食べられる。鴨もさることながら、あの青葱が恋しい。

(佐久間奏=イラストレーション)
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