「梅錦」から「伊佐美」を味わう

水は、なくては生きてゆけないが、あり過ぎても生きられない。

水の恐怖については、過去2回も溺死しかけ、酷い下痢にも罹った私はもうこりごりで、洪水の河や台風の影響による高波などの「ようすを観に行く」蛮勇つゆ起こらず、水害の報に接するたび、沈鬱な気分に陥ってしまう。

水は酒造りにも欠かせない。蒸留酒にしても水は含まれているし、醸造酒にいたってはその8割5分以上は水である。

「名酒はよい水から生まれる」

とは万国共通だそうで(坂口謹一郎『日本の酒』)、日本酒の場合、カリウムを含む水がどうやら酵母の繁殖に作用するらしく、好適なのだという。

ずいぶん昔になるが、山川浩一郎さんに水と酵母の関係について教わったことがある。山川さんは、広島大学で発酵学を修め、国税庁醸造試験所に入所後、実家である山川酒造を継ぎ、「梅錦」を全国ブランドにした。

「梅錦」は四国の最高峰石鎚山の麓、愛媛県四国中央市で醸造されている。ここの水は酒造に向いているのだが、うまい酒を造ろうとすると地元の酵母では難しく、熊本酵母と呼ばれるものを使うことにしたのだという。

山川社長に誘われるまま、伊予三島の割烹で、鯒(こち)の煮こごり、鰯の醤油炊き、青柳(あおやぎ)のぬたなどを肴に「梅錦」をいただいていると、

「あれ、手に入った?」

社長が女将に訊いて、出てきたのが、ふわりと甘くそれでいてツンと鼻腔を刺激する酒で、あきらかに日本酒ではない。山川さんは、

「なるほどね。これから流行りそうだ」

首肯している。私もひと口、たちまちキックが襲う。ウィスキーを馬にたとえるならば、これは羊のひと蹴りか。柔らかい刺激である。

「伊佐美という芋焼酎ですよ」

なんと私は日本酒の造り酒屋の社長に、芋焼酎を教わったのであった。1986年12月26日、記念すべき芋焼酎初体験日である。