テキーラとカメムシ
去年もそうであったが今年もカメムシをよく眼にする。
「カメムシが多いと、その冬は大雪が降る」
などというような伝承は全国各地にあるようで、めったに雪なんぞ降らない瀬戸内の温暖なわが郷里にも伝わっている。
この夏、ペンションで休暇を過ごそうと友人たちが入ったところ、室内に異臭がして、出所を探すとカーテンの裏やテーブル、椅子の陰などいたるところにカメムシが潜んでいた。みんなで協力し、空のペットボトルへ箸でつまんで入れると、2リットル容器の半分が埋まったそうな。それを見て、メキシコから来た青年が、にこにこと嬉しそうに、
「揚げる? 炒める?」
ジョークだろう、と笑うと、
「ぼくの田舎では、テキーラのつまみです」
真顔で答えたとか。
私もかつて、石垣、与那国の旅では、現地の甲虫類を素揚げにして泡盛や花酒のつまみにしたものだが、カメムシとなると、躊躇してしまう。
テキーラは、いまから30年前、大阪で覚えた。いわゆるウメ地下から阪急東通り商店街へ出て、ほろ酔いでうろついているうち、メキシコ料理とテキーラの店なる看板にひきよせられ、
「めっぽう強い酒と聞いているが、どんなものか」
と1杯だけ試してみるつもりで、立ち寄ったのが、さにあらず。ショットグラスに出されたものはカラメル色でとろり、ふわり、天女のように甘い誘惑で虚空へといざなう。
「まるでブランデーのような」
「10年間、熟成させていますからね」
店主が教えてくれた。それは「クェルボ」で濃度は40度と、さほど強くはない。ほかにも、「サウサ」、「エラドゥーラ」、「マリアチ」、「オーレ」と1杯のつもりが10杯に、すっかりテキーラの虜となったのであった。