読書を続けていると、ときには人生を変える一冊に出合うこともあります。僕にとっては『赤毛のアン』(以下『アン』)がそうでした。小学生の頃に学校の図書館で見つけ、すぐに全シリーズを読みました。高校では原書もすべて読破し、カナダで1カ月間ホームステイもしました。大学院生の頃には『アン』の舞台、プリンス・エドワード島まで行ってしまったほどです。

僕の英語が上達したのも『アン』のおかげ。原書は一冊読むごとにグンと語学力がアップします。『アン』の原書を読破したことで自信をつけた僕は、その後シェークスピアやジェームズ・ジョイス、『風と共に去りぬ』などを読み漁っていきました。

そんな僕ですが、実は『アン』が好きであることをカミングアウトできたのは40代も半ばになってから。男の子が『赤毛のアン』が好きなんて、そうそういえることではないのです。でも大人になって久しぶりに読み返してみたら、この作品の深さ、温かさに改めて感じ入りました。

セレンディピティという言葉をご存じですか? 「偶然の中で幸運に出合う能力」のことです。人生には、不運に思えることや望まぬ結果もありますよね。でも実はそんな一見不幸に見える中にこそ、幸運が潜んでいることも多いんです。孤児のアンが、本当は男の子を望んでいた老兄妹に引き取られていく。それでもアンは、持ち前のひたむきさ、明るさで兄妹に家族として受け入れられる。そんな物語の始まりから、その後のアンの生き方すべてに、幸福になるための秘密が込められていたんです。小学生だった僕は、そのメッセージを気づかないうちに感じ取っていたのかもしれません。

人は読んだ本の高さから世界が見えるようになります。100冊読んだ人は100冊分の高さから、1千冊読んだ人は1千冊分の高さから世界が見えるんです。子供たちにはぜひ豊饒(ほうじょう)な本の森をどんどん旅していってもらいたいですね。

茂木健一郎
理学博士。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。『「赤毛のアン」に学ぶ幸せになる方法』等、著書多数。
(三浦愛美=文 干川 修=撮影)
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