茂木健一郎
理学博士。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。『「赤毛のアン」に学ぶ幸せになる方法』等、著書多数。

僕は小学生の頃に、アインシュタインの伝記を読んで科学者を目指しました。とにかく活字と名がつくものなら、手当たり次第に読み漁(あさ)るような子供でした。両親の書棚から学校の図書館、友達の家の本まで。居間でゴロゴロ寝転んで読んだり、階段に座って読んだり、トイレや風呂の中でも読んでいました。読書が苦手な子って、机にきちんと座って読まなくちゃいけないと思っている。だけど本当は乱読、雑食がお勧めなんです。子供が手を伸ばせる場所に、様々なタイプの本が置いてあるのが理想的ですね。

うちの両親は子供に「勉強しろ」とか「本を読め」なんてことは言わない人たちでしたけど、それぞれの書棚は充実していました。父親は岩波文庫とかマルクス・エンゲルス全集なんかを揃えている人で、母親は三浦綾子とか、わりと情緒的な小説が多かった。僕はそのどちらも読んでいましたね(笑)。

子供に本好きになってほしいなら、ちょっと逆説的ですが、外で思い切り遊ばせたほうがいいですよ。僕も日中は野原を走り回り、蝶を追いかけ、草野球に熱中していましたけど、そうすると夜や雨の日などは疲れてしまって本を読むしかないんですよ。「あ~、疲れた。今度は本読もう」と。現代はスマホやパソコン、ゲーム機もあるから子供たちも読書に割く時間が少なくなっているけれど、読書ばかりは子供の頃からの積み重ねだから、ぜひ本を読む習慣をつけてもらいたいですね。

そんな僕が今回、小学生に薦めたい本として用意したのは、『不思議の国のアリス』『だれも知らない小さな国』、そして『赤毛のアン』です。文系、理系問わず、いい本として選んだわけですが、『アリス』などは作者がオックスフォード大学の数学の教授だから、読んでみると理数系の発想もあって面白いですよ。

今も昔も子供はファンタジーが大好きで、『ハリー・ポッター』や『指輪物語』、アニメなら宮崎駿さんの作品も人気ですよね。だけど音や色彩、動きにあふれるアニメや映画に比べると、本には言葉しかありません。文字情報から現実と異なる世界を想像しなくてはならないわけで、その時の脳の働きはとても重要です。実際に『だれも知らない小さな国』などは、ほとんど実写化は不可能で、言葉でしか表せない世界というものもあるんですよね。だからこそ読書、とりわけ子供時代に良質なファンタジーを読むことが大切なんです。

また、想像力というと、つい文科系的なイメージを抱きがちですが、実は科学する心なんかも想像から生まれています。僕の好きなアインシュタインの相対性理論なんかも、光を光の速度で追いかけるとどうなるかという想像から生まれているし、あるいは今話題の宇宙ステーションなども、昔は人が宇宙に行くなんてSF小説だけの物語だったのが、現実のものとなっている。インターネットサービスや遺伝子研究など、時代の先端をいくものはすべて人間の想像から発しているといっていい。読書は想像力と創造力を育む絶好の訓練なんです。