社員から特許権を完全に奪い取る魂胆
ところが、そんないきさつがあるにもかかわらず今回の特許法改正である。特許庁の特許制度小委員会の制度見直し案では「職務発明に関する特許を受ける権利については、初めから法人帰属とする」とし、完全に社員から特許権を奪い取る仕組みに変更する。ただし、「現行の法定対価請求権又はそれと同等の権利を保障する」としている。
譲渡対価の権利は残っているように見えるが、特許権を会社に奪われては、おそらく訴訟に踏み切る社員はいなくなるだろう。政府は報奨金制度の創設を促すことにしているが、要するに今回の改正は社員の訴訟封じが最大の目的と言ってもよいだろう。
経済界は04年の法改正審議のときに現行の35条を廃止し、企業内で定める報奨規定や従業員との個別契約など、自主的な取り決めに委ねるべきと主張していた。いわゆるアメリカ方式である。アメリカは特許法に規定がなく、企業と研究者があらかじめ報酬を個別の契約で決定するのが一般的だ。
しかし、経済界の主張に対し、当時の特許庁の担当者や専門家の学者からは、日本の雇用関係の下では、契約といっても必ずしも従業員の意思が反映されているとは限らない、といった意見が出された。また、多くの従業員を抱える大企業で個々に契約を行うのは現実問題として制度運用を行うのは困難という意見が大勢を占め、一蹴されたという経緯がある。
そこへきて今回の法改正が実現すれば、経済界にとっては、面倒くさいアメリカの個別契約をする必要もなくなり、いわば企業の裁量で報奨金が決められるようになる。
たとえば特許権が法人帰属になった場合、「報奨金原資を現行より減額する」と答えた企業は27%を占めるというアンケート結果もある(「職務発明に関するアンケート結果」知財管理vo.64)。
今回の経済界の大逆転劇を支えたのはいうまでもなく安倍政権である。
中村氏もこう述べている。
「首相の安倍(晋三)さんは、大企業ばかりを優遇しているように思う。……報奨を会社が決められるようになっているのは問題です。会社が決めたことに日本の社員は文句を言えない。みな、おとなしいから。社員は会社と対等に話ができないから、会社の好き放題になります」(前掲・『朝日新聞』)