虐待防止には子育てを外へ開く努力を

本田和子
お茶の水女子大学学長(東京女子師範学校として1875 年に開校以来、本田さんが初めての女性学長)を経て、同大名誉教授。お茶の水女子大学卒。専門は児童文化論、児童社会史。

元お茶の水女子大学学長の本田和子さんは、7年前に出版した『子どもが忌避される時代』(新曜社)で、戦前から現代までの子供観の変遷と、児童虐待の関連性を指摘している。

「江戸から明治時代は、長男による家制度存続を前提に子供は『家のもの』でした。戦時中は〈天皇の赤子〉として『国家のもの』になり、戦後は核家族化の進行とともに〈夫婦の愛の結晶〉と呼ばれて『夫婦だけのもの』になりました。最近はビジネスキャリアの中断や託児施設の不足、大学進学までの養育費の高騰などで、女性たちの間に『子供を忌避する』空気は続いている」

成果主義の社会で育ち、働いてきた女性は出産を機に、子育てという、まるで理屈が通じない原始的環境に投げ込まれる、と彼女は続ける。

「自分中心的な環境で育ってきた若い女性たちは、一転して子供への無償の愛を求められる。成果が見えにくい子育てに当惑い、疲れ果て、子供への嫌悪感がふいに高まり、衝動的に虐待へ走ってしまうことも、十分に起こりうるでしょう」

受験も子育ても母親が生真面目に頑張るほど、それがうまくいかず、空回りし始めたときの反動が怖い。

「虐待を防ぐためにも、子育ては面白くないし、子供はかわいくないけど、育てているうちにかわいくなるときもあるわという程度に、ゆったりと構えたほうがいい」(本田さん)

川崎氏は、子育てを外へ開くように提案する。「授業参観などの学校行事や、自治会活動に親子で積極的に参加し、子供を通して、親が地域とゆるいネットワークでつながり、いろいろな大人に子供を見守り育ててもらう環境づくりが第一歩」

3人の娘の母親でもある、前出の高野さんも、結果的に子育てを外へ開いた実践者。サッカー強豪校の一貫校受験を目指す三女の例を明かす。「娘が玄関前でリフティング(ボールを足や膝で蹴り上げ地面に落とさないようにする練習)をしていると、近所の方々が自発的にタイムを計ってくれたり、自宅の空きスペースで練習していいよ、と声をかけてくれたりするんです」

虐待問題を抱える母親を支援する広岡さんは今こそ転換点と話す。

「児童虐待という言葉は今、『危ない親から子供を救え!』という否定的な意味で使われていますよね。しかし、むしろ逆でね、私たち大人が一度立ち止まり、自分の生き方や子供の育て方をあらためて考えてみることで、とても前向きなきっかけとしてとらえ直せるチャンスなんです」

児童虐待はけっして他人事ではなく、誰もが可能性を抱えている。だが、自分の言動が虐待かどうかに一喜一憂している場合ではない。

(キッチンミノル=撮影)
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