新聞やニュースをにぎわす虐待事件。しかし、わが子を殺害するような事件はほんの一握り。多くは、子育ての悩みから、つい手が出たレベルから始まるという。叩いたり暴言を吐いたりしてしまい、後で悩むという親も多い。何が母親を追いつめているのか。

元スッチーママの失敗できない「仕事」

図を拡大
児童虐待相談対応件数 出典:厚生労働省

「中学受験に失敗したら、この娘の人生はもう終わりですから」

小沼孝子さん(仮名)は塾関係者を前に、何度か真顔でそう口にしていた。元国際線客室乗務員で、てきぱきした言動と抜群の記憶力の持ち主。開業医の夫との結婚を機に専業主婦になってからは、一人娘の女子学院中学合格を目標に周到な準備を進めてきた。幼児期から積み木、パズル、英会話教室へ順に通わせ、小学校入学後は母親が勉強スケジュールを管理し、娘に着実に消化させた。中学受験を自分の「仕事」にしたタイプ。娘も無邪気で明るく、小学4年生まで成績優秀だった。

だが、5年生になると塾の成績が低下。孝子さんが得意で、娘にも熱心に教えてきた算数の成績がとくに思わしくなく、彼女の怒りは娘ではなく、塾の算数教師に向けられた。

「あの人の教え方が気にくわない」

以降、有名塾に移ってはやめさせる“塾ジプシー”状態へ。さらに家庭教師をつけ、最後は自分で教え始めたが娘の成績は上向かず、やがて「なぜ、こんな問題が解けないの!」と娘に手をあげるようになる。最初は問題を間違うたびに背中や頭頂・後頭部、肩や太ももなどを手のひらでパチン程度。だが次第に背中を10回前後強く、それでも気が収まらないと、回数さえ忘れるほど叩き続けるようになった。ふと我に返ると孝子さんは怖くなって家を飛び出し、娘が昔通っていた塾に、「アンタたちがちゃんと教えてくれないから、私が娘を殴るはめになったじゃないの!」と怒鳴り込んだりした――。

子供への身体的虐待とは、身体に傷をつける暴行のことで、子供の身体に痣(あざ)が残るか、その恐れがあるかが1つの目安。一度に10回以上も叩き続けるのは、たとえ痣が残らなくても後者に当たる。結局、女子学院中は不合格で、娘は同校より偏差値が15近く下回る私立の一貫校に通学中。孝子さんは「6年間が無駄になった」と茫然自失状態に。

この事例を紹介してくれた塾関係者は、中学受験のここ10年間の変化の1つに、頑張りすぎてしまう母親の増加を挙げる。「高学歴の母親が増え、自分も勉強ができたために、『子供も頑張ればできるはず』という幻想を抱きやすい。自分のキャリアを断念して受験に没頭する分、自己犠牲感も強く、受験の合否を自分のキャリアと混同しやすい」