Q. 迷うというプロセスを経ながら、自分はいかなる人間なのかに気づいていくということですね。
A. 人間にとって基本となるのは、自分の好奇心です。好奇心こそがいちばん大切なんです。だから、自身の好奇心を意識するために、“アンテナ”を立てて書店の売り場を歩いてみる。そうしてみて、もし何か引っかかってくるものがあるならば、それが自身の好奇心の核となるものだと明確に意識することができるわけです。
若い人は一度、こういうことを自身に課してみるのもいいんじゃないでしょうか。もちろん30代や40代でも大丈夫です(笑)。興味を引いた本があれば、買って読んでみることが大切です。
買う本は、高い本でなくても文庫や新書でいいんです。いま新書は質量ともに豊富ですから、新書と文庫だけに限定しても、ほとんどありとあらゆるジャンルについて刊行されており、なおかつそれぞれ結構面白い。だからいま、手っ取り早くある領域についての知識を身につけようと思ったら、新書、文庫は最適のツールです。
Q. そうした立花さんの半世紀以上にわたる本との格闘が、この書棚一つひとつに詰まっているというわけですね。いまは電子書籍などの新しいメディアも少しずつ増えていますが、これからこうした「知の世界」の形態はどんなふうに進化していくのでしょうか。
A. いま、東京大学本郷キャンパスでは、200万冊の蔵書をただ電子書籍化するのではなく、すべてを電子的に可視化して、まるでリアルな本と同じように扱えるようにする「新図書館プロジェクト」が進められています。いわばバーチャルとリアルのハイブリッド環境という「バーチャルリアリティ図書館」の構築が、約75億円の予算を投じて現実のものになりつつあります。映画『ディスクロージャー』でも、これと同じ世界が描かれていますので、興味のある方はぜひご覧になるといいと思います。
Windows95が登場した1995年、私が東大の先端研(先端科学技術研究センター)に所属していた頃、ちょうど日本バーチャルリアリティ学会が設立されたのですが、当時「将来構想」とされていたあらゆる情報の可視化が、まさに実現されようとしています。
図書館が変わり、知的世界のあり方が根本的に変わろうとしている現在、こういった新たなシステムをどれだけ自家薬籠中のものとして使いこなす人間になりうるかどうか、それがビジネスの世界においても今後問われていくことになると思います。
バーチャルリアリティ環境に関する技術は、日本では民生用ですが、アメリカでは完全に軍事技術です。事実、イラクやアフガニスタンで展開中の対テロ戦争遂行のため、ビン・ラディン殺害作戦などでも活躍した無人攻撃機プレデターを衛星回線を使って遠隔操縦し、敵の偵察や攻撃作戦を行う際にこの技術は不可欠になっています。
そして、これらの技術開発をすすめるアメリカや中国などは、その成果を軍事面だけでなく、ビジネスの世界にも早晩導入してくるでしょう。日本も、その土俵の上で戦わざるをえなくなります。
もちろん日本の科学技術の水準は、決して低いわけではありません。例えば、欧米に比べ専門的な人材の厚みに欠けるとされる金融工学の世界にしても、実はその理論的基礎となっているのは、日本人数学者の伊藤清による「伊藤積分」なんです。しかし、そんな事実も、日本人一般の関心が低いために広く知られていません。そのため、本来優秀な日本の研究者たちに孤独で苦しい戦いを強いることになっています。
日本で最先端の研究とその成果が国民的に共有されているのは、iPS細胞の山中伸弥教授のケースくらいでしょう。そうした社会からの幅広い承認が、研究者を元気にさせ、より有益な成果をもたらすことになるのですが。