水素を社会インフラにするのはまだ時期尚早だ

「クリーンだ」「究極のエコカーだ」と持ち上げられてばかりいるが、水素は取り扱いが難しいだけではなく、実際大変恐ろしい気体なのだ。

爆発の威力は混合比にもよるがガソリンやLNGに勝るとも劣らない。無味無臭で目に見えない水素は、簡単には検知できないうえに爆発が起きたときには、とんでもない規模の被害が出る恐れがある。

政府は水素ステーションの設置を促進して、FCVを世界最速で普及させると意気込んでいる。もし本気なら、関連業務に従事する人間やFCVのドライバー全員に高校の化学からもう一度勉強し直してもらって、(国家試験である)危険物取扱主任者の資格を取らせるぐらいの訓練を施す必要があるだろう。

移動式水素ステーションから、水素を充填するFCV。FCVの普及には、水素ステーションの拡充が欠かせない。(AP/AFLO=写真)

たとえば水素ステーションでFCVに水素を供給したり、水素ステーション自体に水素を充填するときに、バルブの締め方が緩かったり、機器が少しでも破損していたら、水素は高圧だから、どんどん外に漏れ出てしまう。その場で誰かがタバコに火を付けた瞬間、大爆発である。ましてや水素燃料を積み込んで走るFCVなど危険極まりない。

自動車となれば、水素ステーション以上にヒューマンエラーによる事故が起きやすい。もらい事故に巻き込まれることもある。衝突事故で水素が漏れ出して、事故相手のガソリン車から火が出たら……。

もちろん事故が起きても水素が漏れ出さないように燃料電池には様々な工夫が凝らされるだろうが、それでも100%安全とは言えない。前述のように水素による金属の脆化の問題も依然として残されている。

私は水素エネルギーを分散型の燃料として利用するのは反対だ。やるのであれば集中型にして、水素発電で電気を作って、電気の形でハイブリッドカーや電気自動車(EV)に供給していく。

水素そのものを分散して、車のような移動体に搭載するのは危険が多すぎるのだ。水素を社会インフラにするのに反対しているわけではない。時期尚早、と言っているのだ。

ガソリン車が世に登場してから100年が経過した。100年の実績があれば、いかなるトラブルが起きても、「アバウトこれくらい」という感触で原因を突き止めたり、対処法を考えることができる。

しかしトンネル内での多重追突事故などで大規模惨事が後を絶たない。しかも水素の場合、専門家でも「アバウトこれくらい」という手応えが得られていないのだ。事故が起こればガソリンの比ではないだろう。

50年かけて普及した原発も、1回の事故で水の泡に

水素社会を否定するつもりはない。技術の“day1(初日)”というのは大体こんなもの。それを克服していくのが技術なのだから。しかし水素を社会インフラにするためには、少なくとも狭い範囲での実験を10年、次に地域を広げた実証実験を10年、さらに実用化して商業ベースに乗せるために10年くらいのステップを踏む必要があるだろう。原発の開発、普及もそうやって50年かけてやってきたが、たった1回の事故で水泡に帰した。

補助金をつけて水素ステーションを全国にばら撒き、FCVを“世界最速”で普及させるなど、フライングもいいところだ。それが成長戦略の中核に位置づけられているのだから、アベノミクスの底が知れる。

(小川 剛=構成 AP/AFLO=写真)
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