細川護煕

1938年、肥後藩主だった細川家17代目の護貞と近衛文麿の次女・温子の長男として誕生。かつては、高貴な人しか口にすることができなかった鶴を食用にしていたという家柄である。上智大学卒業後、朝日新聞社に入社。68年に退社し、父に勘当されながらも政治家を目指し、33歳で参議院議員に最年少当選を果たす。83年から91年まで熊本県知事を務め、92年に日本新党を結成。93年内閣総理大臣に就任後、98年60歳で議員を辞職。著書に『不東庵日常』(小学館)、『ことばを旅する』(文藝春秋)ほか。


 

晴耕雨読の生活は、学生時代からの憧れでした。その思いは年とともに強くなり、60歳で政界を引退後、祖母から譲り受けていた湯河原の家を「不東庵」と名付け、居を移しました。その後、窯場を造って焼き物を始めましたが、焼き物をやっていると箱書きで字を書くことも多く、手すさびをする機会も増えています。