野村萬斎

1966年、東京生まれ。東京芸術大学音楽学部卒業。狂言師。重要無形文化財総合指定者。祖父・故六世野村万蔵および父・野村万作に師事し、3歳で初舞台。舞台や映画、教育番組など幅広い分野で活躍。文化庁芸術祭演劇部門新人賞ほか受賞多数。「狂言ござる乃座」主宰。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督を務める。著書に『MANSAI◎解体新書』(朝日新聞出版)ほか。接待に和食の店ばかりに案内され、少々閉口気味。オフではインド料理店「マラバール」に足を運び、仕事の後にはワインを嗜む。


 

舞台があるときは、必ず和食を食べるようにしています。海外公演で日本食の店がないときでも、最低限米さえ食べられれば、なんとか力が湧いてくる。どんな国にも中華料理なら必ずありますから、フライドライス(チャーハン)を食べることにしています。

食事について非常に評判の悪いイギリスでも、中華料理やインド料理など、エスニック料理は悪くない。イギリスは海賊文化。大英博物館の展示品の数々は、みんな植民地にした国からの略奪品ですよね。食文化にしても、外国からそのまま盗んできたので美味しいのでしょう。

日本では、朝早くから稽古もあり、あまり遠くに行く時間がありません。江戸川橋の稽古場の近くにあるこの両店をとっても重宝しています。

「たいら寿司」は、用途が万能なお店。父(野村万作)の誕生会や稽古終わりに使っています。「石ばし」に行くのはいつも昼。白焼きや肝焼きを、ささっと食べて、あまり時間はかけません。

仕事柄、私には“和”のイメージがあるようです。だれかにご案内されるのも和食が多い。家族にも、外食時には普段食べられない本格的な和食がいいと言われ、結局寿司や鰻に行くことになってしまいます。

本当は洋食も好きなのです。朝は必ずアールグレイの紅茶にパン。本格的なインドカレーだって大好き。能楽堂を離れた食事選びにまで、私は“和”の演技を求められます(笑)。

舞台で酒を飲んだり、食事をしたりというのは、一種の誇張表現。たとえば空の大きな杯に、いかにもなみなみとお酒が入っていることを表すために、少しずつ節を付けるように杯を上げていく。ゴックン、ゴックン、とリズム感を大切にしながら、最初はゆっくりと、徐々にペースを上げていきます。現実には、一気にお酒を飲めば、だんだん辛くなってペースが落ちるはず。しかし舞台上では最後に勢いよくクーッとなったほうが豪快に見えるのです。

役作りの上でヒントにするのは私の周りにいる人たちです。狂言に出てくる“飲み助”は酒に飲まれてしまう役回り。羽目を外して飲む人をじっくり観察しています。とはいえ、私も飲み助です。いつのまにか一緒に飲んでしまいます。