しかし、玉木氏は強運の持ち主だった。ヘッドハンティングされたというその担当者がアメリカの大手卸売会社の台湾支店にいる友人を紹介してくれるというのだ。

出荷した後の倉庫にて、「8割は売れてしまった状態です」と玉木社長。現在では国内向けに7割、海外向けに3割を販売する。

「もちろん、飛びつきました。いまでもその会社との取引が続いています」

契約してからも苦労は続いた。精米して包装したコメをトラックで横浜港に運び、船で台湾に届けなければならない。輸送コストや通関手続きはすべて「言いだしっぺ」の玉木氏が担った。

「通関の書類は英語ですからね。いろんな人に教えてもらって、何度も書き直して、マスターするのに3年かかりました。手続きがどうしても間に合わないときは、佐川の国際便などを使いましたよ。コストは高くつきますけど、手続きを全部やってくれるので緊急時には助かります」

リスクを負っているだけに価格設定では妥協しなかった。当初は1キロ1500円。国内価格の3倍以上、現地で売っている台湾米の7倍以上という強気の姿勢である。

その値段でも富裕層には受け入れられたが、規模を拡大して事業の柱に育てたい。現地のパートナー企業と相談して1キロ1000円に下げた。すると、販売量が10倍になった。

現在、玉木農園は取り扱っているコメの約3割にあたる250トンを輸出している。そのうち150トンは台湾向けである。人気が定着するにしたがって取引条件も改善し、現在は横浜港で卸売会社に引き渡せるようになった。10年前、玉木氏がなりふり構わずに切り拓いた台湾市場は大きなビジネスとして花開いたのだ。

課題はある。第二の柱にしたいシンガポールでの販売価格は1キロ500円。国内より少し高い程度の値段でしか売れない。シンガポールでは玉木農園は後発組であり、すでに「日本米」の価格が決められていたのだ。自社ブランドの価値を上げるしか打開策はない。カギは商品力ではなく営業力だと玉木氏は言い切る。

「たとえば、3年連続金賞を受賞した魚沼産コシヒカリがあったとします。うちのよりきっとうまいでしょう。でも、海外では売れませんよ」