でも、その後が大変でした。まず、申し込みに対して圧倒的に機材が足りない。NTTがなかなか回線をつないでくれない。そのせいで、お客様を何カ月も待たせてしまう。だから、総務省に乗り込んでいったこともありますよ。「NTTがこのまま回線をつないでくれないようなら、責任をとってここで焼身自殺してやる」ってね。私の気迫が伝わったのか、相当怖かったのか、担当者も最後には折れて、NTTにとりなしてくれましたよ。

そんないきさつもあって、その後はお客様に迷惑がかかるようなことはなくなりましたが、1年間はエンジニアたちと血を吐くような思いで働きました。4年間は毎年1000億円ずつ赤字を出しました。ITバブルがはじけた後に、よくやったものだと自分でも思います。でも、そのときの私は西郷隆盛の気持ちだった。

「名もいらん。金もいらん。地位も名誉もいらない。そんな男が一番厄介だ。そんな厄介な男でないと、大事は成せない」というわけです。

(2010年8月16日号 当時・社長 編集協力=大高志帆)

孫 正義●1957年、佐賀県生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒。81年「日本ソフトバンク」を設立。2004年日本テレコムを、06年にはボーダフォンを買収。

私のことを無茶苦茶な挑戦をする人間だと言う人がいますが、そんなことはない。会社本体の3割を超えるようなリスクは決して冒さない、慎重な人間です。この7割も、「生半可な7割」ではいけない。絶対にいけるという勝算が必要です。そして、リスクが3割を超えたらどんなことがあっても潔く退却すること。誰しも「もったいない」という気持ちが働き、退却は前進より勇気が要ります。でも、ブレーキがついていない車も、バックできない車も、危なくて乗る気がしませんよね。リーダーたる者、意地で闘ってはいけない。

武田信玄の息子・勝頼を実は賢かったと解説する人もいるけれど、私に言わせればその解説する人もバカだと思う。もし私が勝頼だったなら、自分の兵が鉄砲に当たって死にそうだとなったら、バーッと逃げる。一目散に「退却!」です。事業を撤退するとジョイントベンチャーでやっていればパートナーに迷惑をかけるし、一生懸命やっている部下もいる。1000億円もの資金を突っ込んでいるときなど判断が鈍るでしょう。マスコミにも滅茶苦茶書かれます。「卑怯者!」だとか「いい加減」だとか。もしみなさんが2代目ソフトバンク社長になって退却したときは、きっと「先代は偉かった」と言われるでしょう。退却するのが、どれほど勇気のいることか。改めて言います。退却をやれた男だけが初めてリーダーとしての資質がある。意地で事業を続ける奴はバカだと思え。退却できない奴はケチだと思え。ケチな奴はリーダーになってはいけない。

(2010年10月4日号 当時・社長 編集協力=大高志帆)