乗り越えた「前例の壁」
単にモノを売るとか、施設をつくるといった企画とは違い、地域全体を巻き込む壮大なビジョンである。これを実現するには、多数の関係者に企画の要点と魅力をきちんと伝え、興味を持ってもらい、さらに1歩、足を踏み出してもらわなければならない。プレゼンテーションのやり方にも工夫が必要だった。
当初、1番の障害になりそうだったのが社内における「前例の壁」だ。
子会社は別として、JR東日本が製造業に乗り出した例はほとんどない。しかも、提携先である地元の酒造メーカーにもシードル製造の経験はなく、安全・確実を重んじる鉄道会社にとって、A-FACTORYの設置は1つの冒険だったのだ。
億単位の投資を裁可するのは取締役会だが、そこへ単に「酒類製造に乗り出す企画」を提出するだけでは、なかなか理解されず実現に至らないおそれがあった。前向きに検討してもらうには、事業創造本部を所管する副社長の冨田哲郎(現社長)や常務の新井良亮(現ルミネ社長)を事前に説得し、計画の理解者になってもらわねばならない。
だから鎌田たちは「シードルを軸とした地域活性化計画」を検討し始めて以降、冨田や新井と面会する機会があるごとに、ブラッシュアップしたパワーポイントの図解を手に怒涛のように夢を語った。また、調査や施工段階で問題が生じたら、そのたびに彼らの時間をとってもらい、報告・相談を欠かさなかった。その間、冨田と新井は「ぶれずに私たちを後押ししてくれ、他の役員たちを説得してくれた」(鎌田)という。
計画を進める鎌田たちと支える役員との間で、ビジョンを共有できたことが企画実現のカギだったといっていい。もちろん、そこにわかりやすい資料を介在させたことも大きな力になったのだ。
(文中敬称略)