時間を見るだけなら腕時計は不要と言える中で、時計メーカーは今後どのような活路を開いていくのか。今年4月にシチズンの社長になった大治良高氏は「危機感は持っているが、機械式時計に勝機はあると感じている」と話す。ライターの鬼頭勇大さんが聞いた――。(前編/全2回)

「時計離れが起きているとは感じていません」の真意

腕時計をせずとも、スマートフォンを見れば時間は分かる時代。巷でささやかれる「時計離れ」のように、腕時計はもうその役目を終えたのだろうか。

こうした風潮に対して、異を唱えるのが日本を代表する時計メーカー・シチズンの社長に今年4月に就任した大治おおじ良高氏だ。

シチズン時計社長の大治良高氏
撮影=髙須力
シチズン時計社長の大治良高氏

「今、世の中で時計離れという言葉は確かによく聞きます。スマートフォンもありますし、時間を見るだけならもはや腕時計がいらない時代になったのは事実です。しかし、腕時計には時間を見る以外に情緒的な価値もあると思うんです。

近年は特にそうした価値に注目が集まっており、ラグジュアリーブランドがよく売れています。その意味で、時計離れが起きているとは感じていません。私たちの業界も、おかげさまで業績が堅調に推移しています」(以下発言はすべて大治社長)

大治社長が話す通り、直近で国内の腕時計市場は好調そのもの。一時は確かにスマートウォッチの台頭なども脅威となったが、矢野経済研究所によると、2023年は小売り金額ベースで1兆1036億円。前年比126.6%の成長で、3年連続の市場拡大となった。

【図表】国内ウォッチ(腕時計)小売市場規模と予測
出典=矢野経済研究所「国内時計市場に関する調査」(2025年)より

若年富裕層が活発に高級時計を購入していることなどが背景にあるという。2024年も市場は好調に推移し、1兆2160億円まで拡大する見込みという。

いま腕時計をつける理由

シチズンの業績も堅調そのものだ。

2025年3月期の売り上げ(連結、以下同)は、前年比1.3%増の3168億円。中でも時計事業は同6.6%増の1771億円だった。この他、電子機器他事業の伸び率も高く(同11.0%増の249億円)、売上高拡大に寄与した。

ブランド100周年に関するプロジェクトなどで営業利益は下がったものの、当期純利益は同4.0%増の238億円と過去最高を更新した。

2027年度までの中期経営では、売り上げ3600億円、営業利益率は9.0%を目指すという。

もちろん、楽観視しているわけではない。その姿勢は先ほどの「時間を見るだけなら、もう腕時計は不要」という言葉によく表れている。では、現代ならではの腕時計の存在意義とは何か。大治社長はこう語る。

「装着することで、自分らしさを表現できたり、ステータスになったりするのは腕時計の強みでしょう。さらに腕時計は適切なメンテナンスをすれば長い年月動くことができる。ですので、持ち主の方の人生、ストーリーと共に歩むことができるものだと思っています」

小学生のとき、祖母から腕時計を贈られて魅了されて以降、自身を「無類の時計好き」と話す大治社長が目下取り組むのは、世界で進む高価格化と若者への対応だ。

シチズン本社内にある「シチズンミュージアム」(普段は非公開)にて。同社の歴代商品が並ぶ。大治氏が祖母から送られた「デジアナ」も展示してある。
撮影=髙須力
シチズン本社内にある「シチズンミュージアム」(普段は非公開)にて。大治氏が祖母から送られたという「デジアナ」など、シチズンの膨大なアーカイブが展示してある。