成長している上司の背を見せよ

では、ずば抜けた力を持つ人になるにはどうすればよいか。そこで重要になるのがミッションとパッション、ファッションの3つである。

ミッションとは、その人が自分の役割をどう認識しているか、逆に経営側がどういう役割を与えるのかということである。ミッションはきちんとした評価と連動しないとおかしな事態が生じる。100キログラムしか担げない人に120キログラムの石を持たせると最初はヨロヨロするかもしれないが、やがてしっかり担げるようになるだろう。しかし500の能力が必要なポジションへ年功序列で60の能力しかない人をつけると、部下はみんな迷惑する。

パッションとは情熱である。いかなる仕事をやるにしても、挑戦心や自分を変えていこうという改革心がないと人は成長していかない。

ファッションとは仕事のスタイルである。たとえば日本では少し余裕があると「みんなの意見を聞こう」となるが、海外では意思決定が遅いと株主が「取締役の仕事が遅い」とみなす。しかも間違った判断をすれば首が飛ぶ。このように国内と海外では仕事スタイルが大きく異なり、それぞれの実情に応じて適応させることが必要である。

また、各分野の仕事そのものも大きく変化している。かつて広報は社内にある事実を集め外部に発信するのが仕事だったが、現在のコーポレートコミュニケーションは会社の考え方を発信しながら、それを具体的事実で証明していくという情報戦略を担う仕事になっている。こうした変化に対応し、個人、企業それぞれがファッションの水準を向上させなければならない。

人の育成には上司が自分自身を磨くことも必須である。OJTで部下は上司の背中を見て育つというが、上司自身が成長していなければ部下はついてこない。だから部下を育てるなんて言う前にまず自分を磨け、自分を成長させろと私は言っている。「あの人の仕事ぶりはレベルが違う」「勉強し幅広い教養も持っている」と思わせる魅力なくして何が上司の背中だと言いたい。

自分が伸びていない上司は部下をかまうが、面倒は見ていない。部下とよく接触しているように映っても、単にかまっているのと伸ばしているのとでは大きく異なる。逆に自分が伸びている人ほど部下の面倒を見ている。

その差を見分けるポイントは毎日部下をきちんと見ているかどうか。そうすれば部下の特徴を把握でき、弱みを引き上げたり強みを伸ばしたりできる。弱みを引き上げるのは平均点を上げて全体を浮上させる方法で、強みを伸ばすのは組織全体を引っ張る牽引力をつける方法である。いま重要なのは牽引力をつけるほうである。桃太郎軍団のようにイヌやサル、キジなどいろんなタイプの牽引力の持ち主がいることで、変化に素早く対応できるからだ。

世の中の水準以上の能力をそれぞれの社員が持たないと競争には勝てない。たとえば、私は社長として同業者の社長よりも力がなければいけない。グローバルで戦うためには、私がグローバル経営者と正面から戦える力を持っている必要がある。組織は組織の長の能力以上に強くならないのだ。これは各部門も同様で、それぞれの部門長が世の中の水準以上でなければならない。

ところが権力を持つと、人は並の水準で仕事を流してしまいがちになる。そうでなく、常に自分がベストと思える水準で仕事をすることを当たり前にしなければいけない。部下から見ると流しているか、当たり前にベストを尽くしているかは一目瞭然。成長が止まった上司の背中を見る価値はない。

アサヒグループHD社長 泉谷直木
1948年、京都府生まれ。京都市立紫野高校卒。72年京都産業大学法学部卒業後、アサヒビール入社。広報部長、経営戦略部長などを経て、2003年取締役に就任。06年には常務酒類本部長、09年専務と昇格。10年3月にアサヒビール社長に就任する。持ち株会社制への移行により、11年7月1日より現職。
(宮内 健=構成 相澤 正=撮影)
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