違和感を言葉にできない。どうする
几帳面なブルドーザー――。
同僚たちからはそう評されている。身長187センチ、ラガーマンのようながっしりとした体格に、繊細な神経を兼ね備えた人物、ということらしい。
杉浦克典(アサヒビールマーケティング本部チーフプロデューサー)が2010年、持ち前のこまやかさと押しの強さで大成功に導いたのが、“氷点下のスーパードライ”だ。発想の原点はごく単純だった。
「昔から『スーパードライはキンキンに冷やして飲むのがうまい』というお客さんの声を聞いていたんです。だったらこれ以上冷たくならないっていうところまで冷やしたスーパードライを提供したらどうだろうっていうのが最初の発想だったんです」
通常、ビールは4~6℃が適温とされている。それを凍結する寸前のマイナス2℃程度まで冷やせる環境を提供すれば、新しいビールの楽しみ方が提案できるのではないか。
杉浦はまず家庭でそれができるよう、「コールドクーラー」の開発に着手した。これをキャンペーンの景品にする。さらに氷点下のスーパードライを体感してもらう場として、どこかでバーをオープンさせよう。これが杉浦のアイデアだった。
決して斬新な発想ではない。むしろこの提案を受けた杉浦の上司、東海辰弥も、「こんなアイデアでいけるのか?」というのが正直な感想だったという。
「いまさらって感じもありましたしね。バーを開いても人が来るのかなって(笑)。ただ杉浦なりにしっかりと準備をしていたようですし、会社としても『スーパードライをもう一度しっかり立ち上げたい』という方針を持っていましたから、チャレンジしてみようかと」(東海)
バーのコンセプトづくりには社内の人材をフルに活用した。業務用の営業マンで、店舗づくりには詳しいと豪語している先輩社員や、広告畑でクリエーティブなことが得意な先輩社員のもとを訪ねては「自分はこんなコンセプトの行列ができる店をつくりたい」という思いを語り、相手の反応を確かめる。
「後輩よりもまず先輩をつかまえて話します。そのほうがポジティブな意見もネガティブな意見もはっきり言ってもらえるでしょ? 自分もそうなのですが、目上の人には、遠慮してしまうもの。とにかく自分なりの仮説をつくって、いろいろな人にぶつけてみて、足りないところ、過剰なところをつぶしていく。あんまり深く頭では考えません(笑)」
こうして少しずつ形になってきたコンセプトを代理店に伝えて具体的なデザインにしていくのだが、ここで大問題が起きた。
「銀座という立地にありながら、他店のなかに埋没せず、最高に目につくような外観をデザインしてほしい」との杉浦のリクエストに、代理店がつくってきた模型はまるで高級ジュエリー店のような豪華絢爛な外観だった。誰もが知る高名なデザイナー、一生懸命な代理店の担当者……。しかし、杉浦は違和感を覚えた。
「目の前にある宝石箱のように美しい模型は、僕が頭の中で描いていたものではまったくなかった。しかし、それを言葉で具体的に表現することができず、苦しみました」