ヒト、モノ、カネのうち難しいのは「ヒト」

くらコーポレーション社長 
田中邦彦氏

昔から「ヒト・モノ・カネ」は、独立開業の重要な3要素と呼ばれてきたが、事業の規模が拡大しても、その基本は少しも変わらないと考えている。

私は26歳のときに脱サラして大阪の堺市で出前と持ち帰り専門のごく一般的な寿司店を開業した。それが外食業界に足を踏み入れるキッカケになったが、その6年後には一念発起して回転寿司に進出した。12年1月現在、「無添くら寿司」という看板を掲げて関西をはじめ、関東、中部、九州などを中心に280店以上をチェーン展開している。回転寿司の歴史は意外と古く半世紀以上になる。その中で、私どもは後発組だが、業界3番目の規模まで店舗を増やすことができたのは、ヒト・モノ・カネというビジネスの3つの基本を大切にしてきたからだと自負している。

このうち、モノとは、商品を作り出す材料、原料や店舗の設計・システムなどのこと。創業時から「食の戦前回帰」を企業理念としてきたが、その基本は「安全・美味しい・安い」。全食材に化学調味料などを使わない、いわゆる「無添」に取り組んでいる。

飲食業界で最も恐れられているのがノロウイルスのような食中毒だ。食中毒を起こせばその店は即刻、営業停止処分を受け、会社自体も存亡の危機にさらされる。これまでも一定時間回っている皿を検知して自動的に破棄する「時間制限管理システム」などを導入して衛生管理につとめてきた。しかし、インフルエンザや風邪などの感染は食材からではなく、空気中に浮遊しているウイルスやツバ・ホコリなどが原因とされている。皿にかぶせる「寿司キャップ」が有効な防護策だが、従来のキャップでは従業員がかぶせて、お客が開けるため、手あかなどの汚れが不衛生だとの指摘もある。そこで、皿の手前を持ち上げるとキャップがポーンと開き、キャップに触れずに皿が引き出せる「鮮度くん」という新しいシステムを開発した。11年12月から各店に導入したばかりだが、なかなか評判もいいようだ。

後発組がより多くのお客の支持を得るためには、斬新なアイデアと気概が必要だ。それには、人材育成や結束力などの組織力が伴わなければ、達成は難しい。実を言うと、経営者として、これまで一番苦労したのは、3つの基本要素のうちのカネとヒトである。幸いカネのほうは、10年ほど前に株式を公開してからは資金調達の面であまり悩まないようになったが、ヒトについてはまだまだ満足していない。