老化を遅らせるどころか、元に戻す「若返り薬」はすでに現実のものになっている。日本の老化研究を率いる第一人者に最新情報を聞いた。

ハーバード大の研究で老化メカニズムが判明

「エイジング・アズ・ディジーズ(Agingas Disease)」。老化は治療可能な疾患である――これは、私の師であり、長寿研究の第一人者である、ハーバード大学医学大学院のデビッド・シンクレア教授の持論です。彼は世界的ベストセラー『LIFESPAN:老いなき世界』(東洋経済新報社)で一躍有名になりましたが、それより10年ほど前からこの説を提唱しています。

2013年当時のデビッド・シンクレア教授
ハーバード大教授が提唱 “Aging as Disease(老化は病気)”
2013年当時のデビッド・シンクレア教授。自身もさまざまな老化治療を取り入れ、現在では当時よりもさらに若々しく見える。
『LIFESPAN』(東洋経済新報社)
『LIFESPAN』(東洋経済新報社)

事実、2005年頃には、若いマウスと老いたマウスの血液を交換する「ヴァンパイア実験」で老マウスが若返ったとの事例が報告されています。日本でも10年頃には、東京大学の中西真教授らの実験によって、慢性炎症を引き起こす「老化細胞」を除去することでマウスの寿命が延びることが明らかになりました。実験室での研究においては、老化と病気はいずれも細胞の機能低下の一種であり、実は区別がつきません。シンクレア教授の言うとおり、老化は治療によってコントロールできる「疾患」である、との考え方が世界では常識になりつつあるのです。

老化を治療しようという考え方は、日本でよく聞く「アンチエイジング(抗老化)」とはまったく異なるものです。老化の進行速度を遅らせるアンチエイジングからさらに一歩踏み込んで、老いそのものを治療によって元に戻す。これは欧米で「リジュヴネーション(Rejuvenation)」と呼ばれています。

この5年の間にも、リジュヴネーションに関する研究や技術は大きく進歩しています。中でも特筆すべき大きな進歩が3つあります。

1つ目は「エイジング・クロック」。さまざまなバイオマーカー(血圧、心拍数、血液中のタンパク質の量など)を分析することで、人間の「生物学的な年齢」を推定する技術です。近年ではAIの発達によって、このエイジング・クロックの精度が飛躍的に向上しています。同じ60歳でも、老化の進み具合は人それぞれ。この技術によって、その人の本当の老化度を知ることができます。

2つ目が、細胞に直接作用を及ぼすことで体の機能を高める「細胞の若返り」の技術。最も代表的な研究は、細胞の核を未分化な状態に初期化(リセット)する「リプログラミング」です。京都大学の山中伸弥教授が発見した4つの遺伝子、通称「山中因子」によって細胞の初期化を誘導し、老化を制御できることがわかっています。16年には、この山中因子によって老いたマウスの臓器改善に成功した事例が報告されました。20年にノーベル化学賞を受賞した「ゲノム編集」の技術も、この研究分野の発展に寄与しています。

3つ目は、産業面における進歩です。米国ではすでに、若返り技術を使ったヘルスケアビジネスや老化治療をカバーする保険などが登場しています。寿命を延ばす薬を売買する際に仮想通貨を用いて信用を担保する試みまであり、社会実装に向けた準備が着々と進んでいるのです。

私自身がハーバード大学のシンクレア教授のもとで取り組んだ研究は、2つ目の「細胞の若返り」に関するものです。DNAの一部を傷つけて老化を加速させたマウスに対して、先述の山中因子を発現させ、老化という現象に「可逆性」があることを証明しました。

この研究によって、老化は遺伝子そのものが変化して起こるのではなく、遺伝子の“発現の仕方”が変化して起こるということがわかりました。この発現パターンをエピゲノムといいます。遺伝子が膨大な情報を記した「レシピ本」だとすると、エピゲノムはある料理の作り方を指し示す「ふせん紙」のようなもの。年を重ねてもレシピ本の中身は変わりませんが、ふせん紙が散らかってしまうので、間違った料理が作られて(=老化現象が起きて)しまう、ということです。治療によってふせん紙をもとの位置に戻し、遺伝子を正しく使えるようにすれば、老化の時計を巻き戻すことができるのです。

「アンチエイジング」は米国ではもう古い

とはいえ、老化の予防は早ければ早いほうがいいのが現実です。

(構成=堀尾大悟 写真=AAP Image/アフロ)