「ドーピング容認」賞金約1億4000万円の前代未聞な大会の是非
世界のスポーツ界は前代未聞ともいえるイベントに関心が注がれている。それが「Enhanced Games(エンハンスト・ゲームズ)」だ。
実はこの大会、オリンピック、FIFAワールドカップ、世界陸上などと異なり、パフォーマンス向上のためにドーピング(薬物使用)を容認している。大会のPRには競泳50m自由形の元オリンピック選手がプレ大会で20秒89を記録し、世界記録(20秒91秒)を上回ったニュースが用いられている。来年5月に米国・ラスベガスにて開催予定で、陸上、競泳、重量挙げの一部種目が行われる。
驚くべきはドーピングを「容認」したことだけではない。世界記録を上回ると賞金25万ドル(約3500万円)で、陸上100mと競泳50m自由形の賞金は100万ドル(約1億4000万)と超高額なことだ。これはブダペスト世界陸上の優勝賞金(7万ドル)と世界新記録ボーナス(10万ドル)をはるかに凌駕している。
新たな大会の創設者はオーストラリアの実業家、アーロン・デスーザ氏。5月下旬、産経新聞は独占取材記事を掲載し、同氏の以下のようなコメントが残っている。
「エンハンスメント(強化薬物)を摂取したからといって普通の人間が世界記録を破れるわけではない。でも良質な選手が摂取すれば世界一になれる。ある統計によれば、6%の米国人男性はいずれかの時点でステロイド系筋力増強剤を使っている。スポーツ界には2つの交わらないパラレルワールドが出現する。自然なスポーツを体現する五輪の世界と、(薬物を使用する)進化したスポーツを体現するわれわれの世界だ。これから、世界記録は進化した選手のものになるだろう。いまや残る批判勢力は国際オリンピック委員会(IOC)と、世界反ドーピング機関(WADA)だけ。タクシー会社が配車アプリのウーバーを嫌うのと同じようなものだ」
一方、IOCやWADAは薬物使用による副作用による健康被害や、スポーツ倫理への懸念から「エンハンスト・ゲームズ」の開催を強く批判。世界陸連と世界水泳は同大会に参加した選手を「資格停止」にする方針で、各競技団体からの風当たりは極めて強い。
1999年にWADAが設立されると、国内の大会でも徐々にドーピング検査が行われるようになった。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)によると、日本国内におけるドーピング検査件数は2020年度の1年間に約4500件だった。
ドーピング検査には競技終了後に行われる「競技会検査」と、競技会とは関係なく行われる「競技会外検査」(いわゆる「抜き打ち検査」)がある。後者の場合、検査員が予告なしに訪れるため、一定レベル以上の選手は居場所情報の提出が義務づけられている。指定した60分間に対象選手に出会うことができない場合、「検査未了」という扱いになり、これが12カ月で3回発生すると、意図的に検査を逃れたと見なされて規則違反となる。
市販されているサプリメントや風邪薬に禁止物質が入っていることもあり、服用する際には必ず成分を確認しないといけない。“うっかりミス”ですら許されない時代になっている。それぐらいドーピングの“罪”は重いのだ。
世界大会のメダルより“マネー”を選ぶアスリートがどれぐらいいるのか。おそらく「エンハンスト・ゲームズ」にはドーピングで出場資格を剥奪・停止されているアスリートしか参加しないだろう。筆者も同大会の開催を強く反対したい。その一方で、人類はどこまで速くなるのか。“怖い物”見たさの自分がいるのも事実だ。


