高知の死者401人、自国の「制空権」を失う恐ろしさ

終戦1カ月前のこの時期、日本は既に自国の「制空権」を失っていた。全土がアメリカ軍のターゲットになり、ほとんど迎撃はできない状態で、毎日、毎晩のように戦闘機が飛んできて爆弾の雨を降らせていた。高知大空襲の体験談にも「(B29の連隊は)監視隊の人の話では、太平洋をどうどう低空(飛行)できた」とある。

「米国戦略爆撃調査団文書」(第20、21爆撃軍団作戦任務報告書)
「米国戦略爆撃調査団文書」(第20、21爆撃軍団作戦任務報告書)

空襲がどんなに恐ろしいかということは、2025年の今、破壊され尽くしているガザの惨状を始め、イスラエルとイランが長距離ミサイルを撃ち合い、テルアビブやテヘランという大都市が爆撃され、両国で暮らしていた日本人が陸路で退避中という現実からも、とてもリアルに感じられる。

7月4日の四国・中国地方空襲のアメリカ軍作戦資料が公開されているが、「ターゲット・ヒメジ」、高知を爆撃する「ミッション」などの英語を見ると、綿密な計画の下で空襲が行われたことが実感できて、より恐ろしくなってくる。当時のアメリカ軍にとっては遂行すべき軍事作戦であったわけだが、軍事施設だけではなく、一般市民が住むエリアを爆撃する必要はあったのだろうか。