金融政策に続く「次の一手」とは
昨夏、安倍は総裁選を前にして判断を迫られた。菅義偉(現官房長官)とともに出馬を熱心に勧めた中川が回顧する。
「7月末、消費税増税法案の採決の前に安倍さんは私と一緒のシンポジウムで、『デフレで増税なんて狂気の沙汰。まずデフレ脱却』と言った。出馬の決意は8月末だったが、政権を取り戻したらまず経済からというのは当然のことだった」
首相辞任の後も、高橋は総裁選の直前まで「経済の説明役」を担い続けた。
「経済指標の数字を見せて説明してきたけど、名目GDPも株価も失業率も、過去10年間で第1次安倍内閣の時代が1番、成績がいい。いつまで経っても抜けなかった。だから、安倍さんは去年の総裁選で『経済は自分の政権のときが1番よかった』と言い続けた」
安倍は総裁選を制する。3カ月後の総選挙で記録的な大勝を手にして政権に返り咲いた。「三本の矢」に着手する。真っ先に金融政策の変更を実現した。
政権復帰から5カ月が過ぎ、最初の関門の参院選が迫ってきたが、安倍政権は安定的に推移している。改憲問題や外交など波乱要因はあるが、経済も内閣支持率も好調で、「参院選まで経済最優先」という安倍の政権運営戦略は吉と出そうな空気だ。「順風政権」を支えるアベノミクスに死角はないのかどうか。
「言っていることをきちんとやっている限り、市場の期待が裏切られることはないから、決定した2年間の金融緩和のペースを守っていけば、少なくとも1年は間違いなく失速はない」
高橋は楽観論を口にした。一方、大蔵省出身の山本はこんな点を指摘する。
「1つ問題があるのは、来年の消費税増税との関係。その環境をつくる金融政策が打てたと言っていいが、増税は人々の消費行動に影響を与えるので、悪影響を緩和する財政措置が必要だろう」
中川は金融政策に続く「次の一手」が重要と唱える。
「成長戦略が1番、大事。いろいろ岩盤のような規制がある。そこを変えなければ本当の成長戦略は出てこない。特区法もあるが、中央省庁が了解するかどうかでなく、役所の抵抗は首相官邸がいっさい許さないというふうにやらなければ」
安倍政権は滑り出しの5カ月で政治と経済の景色を一変させた。手品のような鮮やかさのアベノミクスについて、副作用や悪影響などの弊害を指摘して「間違い」と強調する論者も少なくないが、一方で「正しい方向」と認めたうえで、成否を疑問視する声もある。
安倍政権は高らかに「三本の矢」を打ち出したが、よく見ると、実際は第1の金融政策の変更以外、まだほとんど実行段階に至っていない。13年度予算は成立して日が浅い。成長戦略も日本経済再生本部や産業競争力会議などの機関で検討が行われているところだ。
アベノミクスは、いまのところ掛け声先行で、期待感が市場を動かすというアナウンスメント効果が、経済を「谷底」から「平地」まで押し上げる牽引力となってきたにすぎない。この先、「山」に向かわせることができるかどうかが勝負だ。実体経済を動かすことができなければ、数カ月後には、アベノミクスはただの人気取り、参院選対策だったという話になる。政治が経済を動かすという実験はこれからが本番である。(文中敬称略)