※本稿は、澤円『得意なことの見つけ方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
「わたしには向いていない」という幻想
ここで、すぐに行動できない人が持ち出しがちな言葉(理由)を分析してみます。
それは、おもに周囲からの評価に影響を受けて発せられる「わたしには向いていない」という言葉です。
なにか新しいことに出会ったときに、「向いている、向いていない」を気にする人がいます。でも、よく考えてみると、これはちょっと不思議なこだわりです。
なぜなら、「自分に向いていなければ、なにもかもをあきらめるの?」という疑問が生まれるからです。逆から見れば、「自分に向いていることだけをやって生きるの?」という疑問も残ります。
そこで、「わたしには向いていない」と思ったときには、ぜひ自分の周囲の環境を少し見渡してみてください。すると、少なくとも民主主義国であり戦時でもない日本で暮らす日本人であれば、いまかなりの程度「やりたいこと」に挑戦し、「得意なこと」を活かして、自由に生きていく選択肢を手にしていることに気づくはずです。
場合によっては、環境や条件、タイミングなどが合わないという制約はあるでしょう。それでも、かなり多くの可能性を持っているのは事実です。
つまり、自分の可能性は「すでにかなり開かれているのだ」と見方を変えればいいのです。「向いていない」という感覚や思い込みだけですべてをあきらめるのは、僕はかなりもったいないことだと感じます。
「向いていること」だけをやるのは難しい
確かに、「向いていること」が本当に好きなことなら、それだけをやって幸せに生きられる場合もあるでしょう。ですが、僕の経験上、ことはそう簡単にはいきません。「向いていること」だけをやり続けるのは、実は案外、難しいことだからです。
その理由は、仕事でも生活でも、他者とのコミュニケーションでもなんでも構いませんが、ほとんどの場合、「向いていること」のなかに「向いていないこと」が含まれているからです。

