突然、職場で倒れて帰らぬ人に
40代前半のまさに働き盛りの男性がいた。会社では課長になり、与えられる責任も大きく日々残業に明け暮れる毎日だった。全国にある取引先にも毎週出張し、企画書作りや書類処理などのデスクワークで休日出勤も当たり前だった。とにかく、休みがなかった。
心身がヘトヘトになっていた。しかし働かなければいけない。そんな夫の姿を見て、妻も中学生の娘も心配していた矢先だった。
男性は職場で椅子から立ち上がった瞬間、突然後ろに倒れ意識を失った。すぐに救急車で運ばれたが、そのまま意識は戻らず亡くなった。
検死、解剖をすると脳出血による病死であった。
しかし、残された妻は、夫の死はただの病死ではない、会社のために毎日クタクタになるまで休みもなく働き続けたことによる過労死であると主張した。大切な夫を失い、その働きぶりを見てきた家族なら当然の主張である。
検死しても「過労死」とは判断できない
勤務中の災害事故死の場合、殉職となり労災保険が適用される。そうなると補償金が支払われる。労災かどうかの判断は監察医が行うものではない。警察官の判断でもない。経営者の判断をもとに労働基準監督署の同意を得て最終判断が下されるのである。
過労死とはいえ、解剖して脳出血の事実を確認しても、疲労は機能上の変化であるからこの眼には見えない。ホルモンバランスが崩れ、体の機能がコントロールできなくなって死亡する「機能死」と同じである。
この場合、機能死であるから検死、解剖しただけでは疲労の有無が分からず、過労死と判断することができない。脳出血は病的疾病であるから、病死であって労災にはあたらないというのが労働基準監督署の判断であった。
そう言うと妻は「先生、なんとかしてください。主人は会社に殺されたんです。この一年間休みなく身を粉にして働いていました。会社のために働いて死んだんです。私たちは明日からどうやって生きていけばいいんでしょうか」と泣き崩れた。