日本では、死刑の執行方法として絞首刑が採用されている。「非人道的」と批判される死刑執行に当たり、拘置所内では何が行われているのか。作家・山本譲司さんが上梓した『出獄記』(ポプラ社)より、一部を紹介する――。(第2回/全3回)
処刑
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「心の準備だけはしとかんとな」

医務課の事務室内には、寺園清之ともう一人、平松卓がいた。デスクに座る寺園は、ひたすら手を動かし続けている。

名古屋拘置所の二階部分には、東館と西館とをつなぐ渡り廊下があった。その廊下に面して、病舎や診察室、薬局、そして医務課の部屋が並ぶ。

医務課の事務室に、夕暮れの光が射し込んでいた。光は鉄格子を通して、床に仄赤ほのあかい縞模様をつくる。

寺園は、隣にある薬局から戻ってきたあと、ずっと作業に没頭していた。渡された薬を手にし、その数や種類を確認しているのだ。薬は、収容者たちが服用するもので、これから西館のほうに出向き、各階の担当刑務官に手渡すことになっている。

「一応、心の準備だけはしとかんとな」

先輩刑務官である平松が、そう独りごちた。彼は、すでに白衣を脱いでおり、帰宅の準備に入っていた。ロッカーから取り出した私服を横に置き、ソファーに座ったまま、着替えている。

拘置所で働く「白衣の刑務官」

寺園は、まだ仕事中である。一般刑務官と同じズボンを穿き、上半身は白衣をまとう。それが、「保健助手」といわれる刑務官の、勤務中の姿だ。事務室の外では、制帽もかぶる。

寺園は、作業をしながら、平松を一瞥いちべつする。すぐに視線を、壁にかけてあるホワイトボードに移した。医務課長の顔を思い浮かべ、心の中で頷く。

明日は長い一日になるのではないか。おそらくこの予感は当たっている。死刑が執行されるのだ。

ボードには予定表が掲示されてある。医務課に所属するスタッフの月間予定が書き込まれたものだ。医務課スタッフは、医務課長の米崎、新任医師の田所、保健助手の平松と寺園、それに看護師の吉浜秀子という、計5人のメンバーだ。ちなみに、刑務官が務める医務係長のポストは現在、空席である。