「処刑マシーン」などにはなりたくない
死確者といっても様々だ。刑執行を前にして、刑務官の手を煩わせることなく、大人しく自ら前に進む者もいれば、徹底的に抵抗し、暴れだしてしまう者もいる。刑務官側からすれば、前者の場合は、自殺の手伝いをしているように思え、後者の場合は、よってたかっての殺人行為に及んでいるように思えた。
もちろん刑務官は、誰しも、好んで死刑を執行したいわけではない。きのうまでは普通に言葉を交わしていた人間が、突然、目の前で命を絶たれるのだ。いや、自分たちの手で命を奪うことになるのである。普通に考えれば、正気ではいられない。
「わしらは、処刑マシーンなんや。マシーンが何かを考えたらあかん」
かつて寺園は、ある先輩刑務官にそう諭されたことがある。けれどもやはり、マシーンなどにはなりたくない。自分は、血が通った、そして涙も流す、生身の人間なのだ。毎回、刑執行後は、しばらくの間、鬱状態が続き、酒の量も増える。悪夢にうなされたことも、一度や二度ではない。実際に、亡霊のようなものを見たことも……。
指揮者である検察官は高みの見物
すぐにその記憶を消そうと、寺園は、頭を左右に振った。そして、西館2階のエレベーターホールへと向かう。
エレベーターから検察官が降りてきた。この階には、検事調べの部屋もある。調書を取りに来たのだろう。
寺園は、体の向きを変え、廊下を北のほうに歩く。
突き当たりにある窓から、外を眺めた。薄暗くはなっていたものの、近くの景色ははっきりと目に映る。名古屋城を背景にして、手前に法務合同庁舎のビルがあった。名古屋高等検察庁や名古屋地方検察庁が入る建物だ。
死刑執行を指揮するのは、処遇部長でも所長でもない。検察庁の検察官なのだ。法律的にそうなっている。しかし、指揮者であるはずの検察官が、立会人として拘置所に現れるのは、いつも執行の直前。そして執行時は、執行部屋の向かいの「バルコニー」から、高みの見物だ。
寺園は、睨むように、法務合同庁舎のほうを見た。
這っても行き来できるこの距離を、検察官は毎度、黒塗りの車に乗ってやってくるのだ。思っただけで、腹立たしくなる。