難聴は高齢者だけの話ではない。産業医の池井佑丞さんは「近年、イヤホンやヘッドホンの使用による若年層の難聴リスクが高まっていることが懸念されている。初期段階では自覚症状が少なく、気づいたときにはすでに回復が難しくなっているケースも少なくない」という――。
ベンチに座って音楽を聴いているヘッドフォンをした女性
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世界の若者11億人が難聴の危険にさらされている

現代社会では、音楽や動画、ゲームといったエンターテインメントが身近になり、特に若者の間ではイヤホンやヘッドホンを使ってスマートフォンで音楽を楽しむことが当たり前になっています。デジタル機器の普及やリモートワークの増加により、ビジネスパーソンもイヤホン・ヘッドホンの使用が日常的になっているでしょう。しかし、その使用が聴覚に与える影響を意識している人は意外と少ないのではないでしょうか。

最近、会話が聞き取りにくいと感じたり、耳鳴りやめまいが気になることはありませんか? こうした症状は、難聴の初期サインである可能性があります。近年、難聴は加齢によるものだけでなく、イヤホンやヘッドホンの使用による若年層の難聴リスクが高まっていることが懸念されています。

WHO(世界保健機関)は2019年に、大音量での音楽再生や長時間の使用が聴覚障害を引き起こすリスクがあると警告し、世界の12~35歳の若者11億人が難聴の危険にさらされていると発表しました。

ナイジェリアの大学生を対象とした研究(K. Haruna et al. “Prevalence and Pattern of Hearing Loss among Young Adults in Tertiary Institutions with Habitual Headphone/Earphone Usage in Kaduna Metropolis” 2023)では、長時間使用者は非使用者に比べて難聴の有病率が高いことが報告されました。また、日本で22~29歳の医学生を対象に行われた調査(T Kawada et al. “Decrease of hearing acuity from use of portable headphones” 1990)では、携帯型ヘッドホンを使用する人に高音域の聴力低下が見られ、若者の10%以上が使用による聴力障害のリスクを抱えていることが示唆されています。

イヤホンやヘッドホンの使用による若年層の難聴リスクは決して軽視できない問題であり、適切な音量調整や使用時間の管理が不可欠であることがわかります。

気づいたときには回復が難しくなっているケースもある

難聴のなかでも、大きな音にさらされることで起こる難聴には、「騒音性難聴」と「音響性難聴」があります。騒音性難聴は主に、職場で工場の機械音や工事音などの騒音にさらされることで起こります。音響性難聴は、爆発音あるいはライブ会場などの大音響にさらされるほか、ヘッドホンやイヤホンで大きな音を聞き続けることによっても起こります。これが「ヘッドホン難聴」と呼ばれているものです。

85dB(自動車の騒音程度)以上の音は、音の大きさと聞いている時間に比例して、内耳の蝸牛という器官にある有毛細胞を損傷します。有毛細胞が壊れると、音を感じ取りにくくなり、難聴を引き起こしますが、初期段階では自覚症状が少なく、気づいたときにはすでに回復が難しくなっているケースも少なくありません。

有毛細胞が損傷する前であれば、耳を安静にすることで回復が期待できます。そのため、初期の段階では耳栓を使用する、定期的に耳を休ませることが有効な治療となります。また、大音量にさらされた後に急に聞こえが悪くなった場合は、ステロイド剤の内服や点滴による薬物療法を行うことが一般的です。