売るのは「コーヒー」だけではない
「スターバックスの感覚は、商品の品質だけでなく、コーヒーを購入するときの雰囲気全体によって左右される」と、コーポレート・デザイン・ファウンデーションの、ある研究者は説明する。「店舗スペースの開放感、パッケージの美しさ、フレンドリーで知識豊富なサービス、興味深いメニューボード、カウンターの形、照明の質、壁の質感、床板の清潔さ等々。
スターバックスが他社に先駆けて認識していたのは、コーヒーの小売業で売るものは商品だけではないということだ。トータルな経験における細部が重要だったのだ(※4)」2005年にオーリン・スミスの後任としてスターバックスのCEOに就任したジム・ドナルドは、こう説明した。「毎日、毎日、我々は、一貫して細部を実行しなければならない(※5)」
しかし、シュルツにとって重要なのは顧客だけではなかった。彼は、スターバックスがより広い社会に良い影響を与えるようにしたいと考えていた。「私の探求は決して勝利や金儲けだけではなかった。それはまた、偉大で永続的な会社を築くことでもあり、常に利益と社会的良心のバランスを取ろうとしてきた(※6)」
これが、彼が1997年にスターバックス財団を設立した理由である。
世界的チェーンに成長してからの“転落”
当初は、コーヒーの残りカスを堆肥にすることで、コーヒーチェーンが環境に与える影響を軽減することを目的としていたが、現在では「世界中のコミュニティを強化する」ことを目指している。2008年に再利用可能なコーヒーカップが登場したのもそのためだ。2000年にフェアトレード製品を導入し、メキシコからインドネシアまで、コーヒーを栽培する地域社会に投資したのもその目的による(※7)。
スターバックスのより大きな目的意識が人々に愛され、それに応じて事業も拡大し、1987年には6店舗だったローカルビジネスから、1997年には1400店舗のナショナルビジネスに、そして2007年には世界43カ国に1万5000店舗を展開するインターナショナルビジネスに成長した。
しかし、その後、道を踏み外した。「成長に執着するあまり、経営から目を離し、事業の核心から遠ざかってしまった」とシュルツは説明した。圧倒的な帰属意識、つながり、コミュニティが失われてしまったのだ。
「何かしら悪い決断を下したわけでも、戦術ミスがあったわけでもない。誰かが間違ったわけでもない」とシュルツは続けた。「ダメージはゆっくりと静かに、少しずつ広がっていった。まるで毛糸がほつれて少しずつほどけていくセーターのように」。売上が落ち始めて米国内の100以上の店舗を閉鎖しなければならなかった。「私たちは魂を失ったのだ」とシュルツは認めた(※8)。