報酬のない影の仕事……ではない、もう1つの「シャドウワーク」
「鏡さん、『シャドウワーク』についての海外の書籍の版権を取ったんですが、日本語に翻訳してみませんか?」
翻訳書を中心に何冊ものベストセラーを手掛けてきた編集者S氏から連絡があった。一瞬、僕は戸惑った。
「え? シャドウワーク? それって、社会学の方のほうが適任じゃないですか? 僕じゃ不相応ですよ」
そう、〈シャドウワーク〉と聞いて、すぐに僕の頭に浮かんだのはオーストリアの社会思想家、イヴァン・イリイチが提唱した概念のほうだった。
主婦の家事労働などが代表的な例だが、この世には「生産的」な経済活動を陰で支えている、多くの収入に結びつかない仕事がたくさん存在している。冷静に見ればそうした「影の労働」力を搾取することによってこの社会は回っている──。
イリイチは、「シャドウワーク」という概念によってそのことを可視化した。僕も学生時代に、イリイチの本を読んだものだ。
アメリカの若者がハマる内観的自己啓発
しかし、一介の占星術家であり、大学院でも学んだのは社会学ならぬ宗教学である僕には、シャドウワークというテーマは分野違いだ。
戸惑う僕に、S氏はたたみかける。
「いやいや、鏡さん、そっちのシャドウワークじゃないんですよ。ご存じないですか? 最近、アメリカの若者の間で別の『シャドウワーク』がバズっているんですよ……」
電話越しに笑っているS氏の顔が目に浮かぶ。
聞けば、「こっちのけんと」ならぬこっちの「シャドウワーク」は、心理学者ユングの「シャドウ」に着想を得た、一種の内観的な自己啓発のことだという。これがTikTokを中心にアメリカでバズっている。