中卒→城巡り→京大に進学した卒業生も
保護者は、当校に通うわが子の様子を見て、自分の教育観や価値観を見つめ直していくと高木さんは語る。
「当校の学びに対して、『学力は大丈夫かな』『この子が大きくなって困らないかな』といった心配をする保護者はいらっしゃいます。30年間、この学園を続ける中で感じているのは、子どもによって一時期苦労することはあるかもしれないけれど、結果的に乗り越えていけるということです。
例えば、小学校低学年でこの学校へ転校してきた時には、よっぽど前の学校でつらい思いをしたのか、校門の前から動けずにいる子がいました。『学校』というだけで、拒否反応を示していたんです。しかし、実際に足を踏み入れてみたら自分の知っている学校のイメージとは大きく違っていた。
その子はお城が好きだったのですが、中学卒業後、『高校でやりたいことはない』と進学を選ばず、青春18きっぷを使って全国のお城を巡り調査しました。そのうちに、『大学に行ってもっと研究してみたい』と思うようになり、大検を受けて京都大学の工学部に入りました。受験前1年間はずっと家にこもって受験勉強をしていたと言っていました」
「小さな自己決定」を積み重ねていく
きのくに子どもの村学園の子どもたちは、「必要だ」と感じれば勉強をする。「学びへのアレルギーがない」という保護者の声も聞いた。
「計算も漢字も英語も子どもたちにとっては道具です。勉強内容は『知っておいたほうがお得』『使いこなせたら便利』という“手段”。勉強自体が目的にはなりません。それがものづくりに必要か受験に必要かは問わず、自分にとって『道具になる』と感じたら積極的に得ようとするのだと思います」(高木さん)
社会に出た時に必要とされる上下関係や規律も勉強と同じ。子どもたちが「必要だ」と納得すれば、それを受け入れていく。実際に厳しい料理人の世界に弟子入りし、職人の道を歩む卒業生もいる。
保護者のひとりが、「子どもは、好きなこと・嫌なこと、やりたいこと・やりたくないことを明確化させて、自分の手で選び取り、自ら人生を歩んでいる気がします」と話してくれた。きのくに子どもの村学園の子どもたちは、自分の関心に合わせて常に小さな自己決定を積み上げる学校生活を送っている。
小さな自己決定がなければ、大きな自己決定はできない――。それを体現しているのが本校の子どもたちなのではないだろうか。