講師を選ぶのは保護者ではなく子ども
では、講師たちにはどのような能力が求められるのだろうか。
「講師に求められているのは、少し年上の立場から彼らを対等に扱ってコミュニケーションができることだと思います。正直、授業のほとんどを雑談に使ったこともあります。
生徒たちはいろいろな体験をしているので、『夏休みに△△へ行った』『ママの友人でこんな芸術家がいて、この前食事をした』というような豊富な引き出しがあるんです。それを聞いて、講師はどんな返しをするか。勉強だけではないものを彼らに提供できるかどうかを、講師の選抜試験では見られていたのかもしれません」
保護者との付き合い方はどうだったのか。
「基本的に普通の家庭教師と同様だと思います。ただ、Xは通塾して相性のいい先生を生徒が選べるので、保護者からするといきなり先生が家庭にきた感じになります。通常であれば、先生を決めるのはまず第一に保護者で、そのあとに子どもが体験授業を受けてみて決めると思いますが、Xの場合はほとんどの裁量を子どもが持っています。
ですから、『母さん、この先生がいいと思ったから契約して』と子どもが要望を伝えて『あぁそうなの、先生お世話になります』みたいな会話が最初にあります。家も広くてハウスキーパーさんがいるご家庭がほとんどなので、いつ来客があっても構わないのだと思いますが、講師からすると『事前に伝えておいてくれよ』と思うことはありました」
「両親が離婚しそう」と泣いていた“意外な理由”
事務所での一対多での授業を通じて、子どもが先生を指名する方式は珍しい。生徒からの“スカウト”はこんな感じで決まるという。
「ある生徒は私の授業中にウトウト寝ていて、『おいおい、頼むよ』みたいに起こしたら『ごめん、先生の声好きだから眠くなっちゃった』と言っていました。後日家に行くようにいわれて、そこでお目にかかった保護者が国民的な歌手で(笑)。声に注目したのは家庭環境によるものだったのか、なんて妙に腑に落ちましたね」
他にも、家庭教師という仕事柄、関係性が深まればいやでも家庭の内情を知る場面がある。
「小学5年生の別の生徒はあるとき、『両親が離婚するかもしれないんだ』と涙ぐんでいました。政府を相手に機器を販売する超優良企業の社長の息子です。どうしていいかわからず、『それは辛いよな』と言ったあとにポジティブな言葉をひねり出そうとした矢先、『つらい、生活水準が保てなくなるのは困る』と生徒が泣いていて、やけにドライだなと思いましたが(笑)。ちなみに離婚はせずに済みました」