女性にとって「子供を産むか、産まないか」は人生で直面する大きな問題だ。夫と二人で暮らすライターの月岡ツキさんは、母親をはじめとする親世代の女性からの何気ない言葉に違和感を抱くという。著書『産む気もないのに生理かよ!』(飛鳥新社)より、一部を紹介する――。(第1回/全3回)
母の言葉に耳をふさぐ娘
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近所に住む60代女性との世間話で…

「お子さんがいないうちに好きなことやっておかなくちゃね。生まれたら忙しくなるし、今だけよ~」と、ご近所の60代のマダムに言われた。習い事の教室へ行く道すがら声をかけられて、ちょっとした世間話をしているときだった。

私は妊娠中ではないし、妊活中でもない。子供が生まれる予定は今のところない。

たぶんこの先も、“ないであろう”方向で結婚生活を楽しんでいる。

すれ違えば挨拶して一言二言交わす程度のマダムが私について知っているのは、私が結婚してこの地に引っ越してきたので夫と暮らしているということと、けっこうな頻度で習い事をしていることと、だいたいの年齢(生物学的に言えば出産適齢期であること)くらいだ。「もうすぐ子供が生まれる」とも「いつか子供が欲しいと思ってる」とも話した覚えはない。

私は愛想笑いで「あはは、ですね~」とけむに巻きつつ、「では、急ぎますので」という意味の会釈をしてその場をやり過ごした。

初対面なのに「子供は? まだなの?」

私はこんなことでは別に傷ついたりイラついたりしないが、投げかけられた言葉への反論は口から発されることなく腹の底に溜まっていく。私の何を知っていて、何の権利で踏み込んでくるのか――。

知人の夫婦(子なし希望)も、引っ越したマンションの隣の部屋に挨拶に行ったら、ちょうど親世代くらいの年配の女性住民から「子供は? まだなの?」と聞かれたらしい。初対面にもかかわらず、である。

「やっぱあの世代のおばさんはめんどくせえな」と雑な世代論で括りたくもなる。

もし私が不妊治療中でどうしても授かれなくて、なんとか気を紛らわすために習い事に向かう最中だったとしたら、一体どうしてくれるのだろう。実際はそうじゃないからよかった(別によくはない)のだが、あの調子なら誰彼構わず出産適齢期の女に似たような言葉を投げかけているに違いない。