すると、父の代からの常連客が1人、また1人と店にやってきた。「店を開けることを言ってなかったのに、なんで?」と、武さんは不思議に思った。
「待ってたんや!」
「千秋さん、元気にしとった?」
「心配しとったで」
次々に現れるなじみの客たちは、安堵の表情で千秋さんに話しかけた。
どうやら客たちは、「今日はやってるかもしれない」と、店先をよく覗いていたようだ。懐かしい人たちとの再会に、千秋さんは涙ぐんだ。その後も、噂を聞きつけた地元客が来店するようになり、千秋さんは元気を取り戻していった。
「料理するのにカッコいいも悪いもないな」
武さんは、昔ながらの客たちと言葉を交わすうちにやる気が湧いたそうだ。
「父と母の思い出話を聞かせてもらううちに、料理するのにカッコいいも悪いもないなと思えたんです。それに、ボロボロな市場の最後の一軒で美味しいものを作るほうがおもろいんやって。ここで頑張って、父のようになんでもできるようにならなって思いました」
千成亭の看板メニューである加古川名物グルメ「かつめし」は、創業当時、サブメニューで、それほど人気があったわけではない。メニューを前面に出したのは、千秋さんが1人で店を始めるための苦肉の策だった。
料理は素人だった千秋さんにとって、正文さんのようにちゃんぽんやチャーメン(中華そば)などを作ることは至難の技だった。だが、かつめしならば、正文さんから受け継いだデミグラスソースが残っている。家族が手伝い、事前にかつを下ごしらえできれば、注文が入ってすぐに提供できると考えたからだった。
お店を継いだ武さんは、「看板メニューならば、父の味をちゃんと出せるようにしよう」と考え、レシピを探すことにした。
レシピの数値化で「父の味」を追いかける
だが、正文さんは紙に書き写す習慣がなかったようで、「しょうゆ、お玉いっぱい」「塩をひとつかみ」などとなぐり書きしたメモが見つかる程度だった。「どのお玉やねん!」「ひとつかみって、アバウトすぎるやろ」と心の中でツッコミを入れながら、父の味を探求する日々が始まった。
武さんは、料理に使われている食材や調味料を言い当てる絶対味覚を備えていた。子どもの頃から食べてきた父の料理は舌が覚えている……。けれど、分量まではわからない。
「作って試食を繰り返しながら、食材や調味料を全部数値化しました。『この分量なら同じや!』っていうのを見つけるまで、2年かかりました」