イスラエルとイスラム組織ハマスによる戦闘が始まって1年がたった。戦火は周辺国に広がり、ガザでは4万人超、レバノンでは2000人超が殺害されている。テレビ東京の豊島晋作キャスターは「イスラエルは生存本能に基づく完全な“戦闘モード”に入っており、終わりが見えない。だが、ネタニヤフ首相が言うことを聞くであろう人物が唯一、存在する」という――。

※本稿は、豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

イスラエル軍の空爆で立ち上がる煙。レバノン保健省は10月1日、イスラエルによるレバノン全土への空爆により、過去24時間で55人が死亡、156人が負傷したと発表した=2024年10月1日、レバノン南部キヤム
写真=ABACA PRESS/時事通信フォト
イスラエル軍の空爆で立ち上がる煙。レバノン保健省は10月1日、イスラエルによるレバノン全土への空爆により、過去24時間で55人が死亡、156人が負傷したと発表した=2024年10月1日、レバノン南部キヤム

「暗殺決定」に関わるほとんどが30歳未満

今年の夏から秋にかけて、わずか数カ月間でイスラエルはハマスの最高指導者、ヒズボラの最高指導者、さらに10人を超えるイラン革命防衛隊の幹部を次々に暗殺してきました。どの人物も、イラン、レバノン、シリアなどイスラエル本土から遠く離れた場所で殺害されています。ヒズボラのナスララ師を暗殺する際、イスラエル軍はバンカーバスターと呼ばれる地中貫通爆弾も含め、約80発もの爆弾を使用しています。まさに「どこにいても、誰であっても、敵は確実に殺害する」という強い意志を感じさせるものでした。

今のイスラエルを、そしてトップに立つネタニヤフ首相を止められるのは誰なのでしょうか?

10月中旬の時点では、イランの核施設をイスラエルが空爆するかが焦点ですが、過去にも周辺国の核開発やイスラム武装組織による攻撃、自爆テロを封じる際も、イスラエルはこうした暗殺を多用してきました。

暗殺作戦を許可する権限を持つ唯一の人物は首相で、それよりも若い軍や諜報機関の幹部が作戦を立案し、首相の許可を得て決定されます。イスラエルの諜報・特殊作戦についての著名な研究者であるロネン・バーグマンは「出席者のほとんどが30歳未満の会議で暗殺の決定を下す国家は、おそらくイスラエルだけだろう」と指摘しています。

もはや“抑制”はきかなくなった…

付言しておくと、暗殺作戦などの際に関係のない民間人が犠牲になると、かつては国内メディアでも批判が巻き起こりました。

また政府内部、情報機関内部でも暗殺計画については多くの議論がなされ、民間人、特に女性と子供が犠牲になる可能性がある場合は攻撃が見送られる場合もありました。明らかに問題のある殺害行為と見なされた事案は、専門の調査委員会が立ち上がるなどして、情報機関などの責任追及が行われ、真相究明が図られることもありました。

これらはイスラエルが民主国家としてある程度の内部統制があるということを意味し、メディアへの検閲などはあるものの、基本的には言論の自由を持つ社会であることを示しています。ただ、過去においても政府や軍の内部統制も十分とは言い難く、明らかに不当な殺害や虐殺でも責任が問われないこともあったようです。

もっとも、“暗殺”と聞いて「内部統制があるからよい」という議論に納得する人も少ないでしょう。外部から見れば、ある種の怖さと不気味さを抱かずにはいられません。何より現在、イスラエルはかつてないペースで軍事力を行使し、頻繁に暗殺の決定を下す国家へと自らを先鋭化させています。もはや抑制がきかなくなっています。現在のイスラエルでは、自国の軍事行動や暗殺作戦を批判するようなメディアも極めて少なくなっているようです。