生存本能に基づく完全な“戦闘モード”
2023年10月7日のハマスの攻撃は、ユダヤ人社会にホロコーストの記憶を想起させ、もはやイスラエルは国家としての生存本能に基づく完全な“戦闘モード”に入っています。この生存本能を増幅させたのが、自らの政権維持を最優先するネタニヤフ首相です。ネタニヤフ政権が軍事攻撃を強めれば強めるほど、首相率いる与党リクードの支持率は上昇しています。
ただ、過去も現在も多くの暗殺作戦の結果として、多くの罪もない人が巻き添えや手違いによって殺されてきました。ターゲットと間違われて別の一般人が殺害されたこともあれば、死亡は免れても一生残る後遺症を負った人もいます。
ドローンなどから発射したミサイルで殺害する場合、標的の家族や子供、全く関係ない民間人も巻き添えにする例も多くありました。何よりそれは昨年から今年にかけてのガザやレバノンへの軍事攻撃で、あまりに多くの民間人が殺害されました。ガザでは4万人超、レバノンでは2000人超が殺害されています。もはやイスラエルは周辺国の民間人の殺害などほとんど気にしていません。
しかし、こうした暗殺は別の敵を生み出し、さらなる暗殺を実行せざるをえなくなるという悪循環を引き起こします。ドローン技術などの進歩によって暗殺は比較的容易になり、また暗殺すれば、しばらくイスラエルへのテロが沈静化するといったことも過去には実際にありました。つまり暗殺は“戦術的には”成功した場面があったのです。ただ、長期的には、暗殺の多用は、“戦略的な失敗”としてイスラエルをさらなる戦いの泥沼に引きずり込んできたのが過去の歴史です。
ハマスから「停戦」を引き出した過去
例えば、ハマスとの戦いにおいても、2003年以降、イスラエルはハマスの政治部門の幹部を次々と暗殺していき、ついに2004年3月には創設者であるアフマド・ヤシン師もミサイル攻撃で殺害します。ヤシン師は複数いる幹部ではなく唯一の指導者で、かつ聖職者でもあったので、当時のアメリカ政府は反対しましたが、イスラエルは聞き入れませんでした。相次ぐ市民や軍人への自爆テロに関して、ヤシン師がそれらを推奨し、関与したと見なしたからです。
そしてイスラエルがヤシン師を暗殺すると、ハマスはすぐにアブドゥル・アジズ・ランティスィー師を次の指導者に決めますが、当時イスラエルの首相だったアリエル・シャロンはすぐに、この新指導者の暗殺を承認し、数週間後にミサイル攻撃でランティスィー師も殺害します。
すると、その後ハマスからエジプトを通じて停戦案が提示されました。「これ以上の暗殺を行わなければテロ攻撃は行わない」という内容でした。シャロン首相は停戦に応じ、暗殺の中止を命令しました。するとハマスの自爆テロも止まりました。つまり、一連の暗殺によって、一時的に暴力を止める戦術的な効果はあったのです。