「自衛」という名の残虐行為が許されるのか

“自分たちは世界を敵に回してでも戦い、そして生き残る”という「イスラエルの論理」は、イスラエルの学校教育を通じ、世代を超えて社会に浸透し、ますますパレスチナとの和解を妨げています。それはユダヤ人の被害者性と怒りを次の世代に引き継ぐ作業であり、逆にパレスチナ人の土地を奪っているという不都合な事実を隠蔽いんぺいする試みでもあります。

確かに、2023年10月にハマスが行ったことは重大な犯罪行為であり、イスラエルには自衛する権利はあるでしょう。その一方で、自分たちがパレスチナ人を抑圧してきたことや、そして今も自衛の名のもとに抑圧しているという側面が思い返されることはありません。つまり、加害者としての一面が完全に忘れ去られているのです。

とにかく国を、民族を守ることが最優先で、犠牲者のことは考えなくなっているのです。これはイスラエルに限らず、どの国家も陥る思考ですが、2023~24年のガザで無実のパレスチナ人が多数死亡する中では、その思考の恐ろしさと愚かさが際立ちます。

中東の国際政治の歴史を見ていると、人間にとっては憎しみや怒りを抑える方が、それらを爆発させるよりも遥かに難しいことがよく分かります。

「ネタニヤフ首相を止める人物」とは?

では現実問題として、今のイスラエルを誰が止められるのでしょうか? イランやヒズボラには、現在のイスラエルを抑止するだけの意思や軍事的能力はありません。また、先程述べたように、ネタニヤフ首相率いる与党の支持率は上昇していて、短期的にはイスラエルで政権交代が起こる可能性は低いと言えます。

そもそも、ネタニヤフ氏は首相の座を降ろされれば収賄罪などで刑事訴追される恐れがあり、軍事的にも極めて強硬な姿勢をとる右派政党との連立政権を、何としてでも維持するでしょう。

やはり、外部からイスラエルに影響力を行使できるのは、イスラエルの後ろ盾にして世界最大の軍事力を統率するアメリカ合衆国大統領のみだと言えます。

しかし来年1月に任期を終えるバイデン大統領はレームダック化しており、ネタニヤフ首相を説得することは全くできませんでした。となると、次の大統領の座を争うトランプ前大統領か、ハリス副大統領のどちらかになります。

仮にトランプ氏が11月の大統領選に勝った場合、停戦に持ち込まれる可能性は一定程度は高まるでしょう。トランプ氏は、自分ならば中東での戦争を終わらせることができると主張しています。トランプ氏の当選を願うネタニヤフ氏としては、もしトランプ氏の求めに応じて停戦を実現すれば、トランプ政権に政治的な得点を与え、恩を売ることができるからです。

2016年8月31日、アリゾナ州フェニックスでの移民政策演説に臨むドナルド・トランプ氏
2016年8月31日、アリゾナ州フェニックスでの移民政策演説に臨むドナルド・トランプ氏(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons