プレゼンに出没する影のようなオジサン
日産自動車には、忍者とでも表現できる“影”のようなオジサンがいます。影は、例えば何かの研修で20代の若手がプレゼンするときなどに、会議室の後ろのほうにさりげなく出席している。
「誰だろう」と、発表者も周りも最初は訝るかもしれません。このオジサンは「キャリアコーチ」と呼ばれ、将来日産のリーダーになる候補者を、若い人材から発掘するのが仕事。世界中の人事部と連携しながら、グローバルに活躍できる人を見出すのです。対象は、日本人だけではありません。プロ野球のスカウトマンにも、似ているでしょう。
今日もこれから、日本や欧州、アフリカなど出身の異なる5人の若手チームによる発表がありますが、影も出るのですよ。そして、チェックする。5人をです。
基本的には開発や生産、営業といった機能別、さらに日本や米国、欧州、アジアなどの地域別に人材を発掘していきます。キャリアコーチの眼鏡にかなうと、“ハイポテンシャルパーソン”の候補として極秘裡にリストに上げられます。本人にも上司にも、その事実を知らせない。日本人の候補者は、30代後半が多いですね。
日産には、ナック(ノミネーション・アドバイザリー・カウンシル=NAC)という人事委員会があります。ゴーンや私などの経営会議メンバーが主にナックの委員で、先ほどの候補者のリストはナックの中で開示される。私たちは候補者1人ひとりに対して、1年間かけて密かに面談していきます。
例えば私がロシアに出張する場合、何とか時間をつくって、現地で勤務する候補者と面談するのです。本人には「志賀さんが、何か話を聞きたいそうだ」としか伝えられません。
面談の内容は、入社してからの問題意識、現在の仕事での改善の意欲などでしょうか。最近ならば、EV(電気自動車)やリチウムイオン電池の戦略についてどう考えているのか、尋ねますね。
面談は私だけではなく、ナックメンバーである他の役員も行います。ある日を境に、役員が頻繁に会いにくるようになるのです。「ちょっと、時間が空いたので、話をしたい」などという理由でです。
何人もの面談を経て、候補者からハイポテンシャルパーソンが選ばれます。
選ばれると、特別な育成プログラムにより、海外現地法人の社長や役員などに突然抜擢します。ここでも、本人には、何も伝えず、複数の国で現地法人の経営を経験させていきます。キャリアコーチや私たち役員が重視する選定基準は、コンピテンシー(行動特性)です。当社の行動基準などに則って仕事をしているかどうかを見ます。見かけのプレゼンのうまさや、語学の堪能さは二の次です。
このようにして早期にグローバル人材を育てています。世界市場の変化はあまりに早く、人材育成にスピードが求められています。かつての終身雇用と年功序列の日本企業のように、人が育つのを待っていたら、世界の中では間違いなく負けてしまうでしょう。