変革には抵抗がつきものだが、なるべく抵抗が小さなうちに対処しないと、時間的にもエネルギー的にもロスが生じる。抵抗の拡大を防ぐには、周到に準備をすることが一番だ。「居合は鞘の内にあり」というではないか。

周到な準備の第一は、自らこまめに発信をすることだ。私は当時から今日までメールマガジンを毎週書いて、全社員に変革の必要性や内容を伝えている。部門長には、彼らの意見を言下に否定するのではなく、もっと大きく考えればこうなるのではないかと言葉を尽くして訴える。社長就任前後の大変革の時期、私はこうした発信のために、自分の時間の50%以上を費やした。

周到な準備を施したという意味では、「SAPS経営」の導入も同じである。SAPSとは、行動予定の作成→予定の実行→効果の検証→検証に基づく次の行動予定の作成というサイクルを週単位で回していき、仮説・検証のクセをつける独自の経営手法だ。まずは20数名の執行役員から始め、1年近い助走期間を経てから徐々に下の階層に降ろしていった。上が真剣に取り組んでいることに下は抵抗しにくい。導入開始は03年だが、新入社員まで実施したのは、実に10年4月のことである。

変革に対する心理的な抵抗を抑えるには、メタファー(暗喩)の利用も有効だ。誰もが「その通りだ」と言わざるをえない絶対的な原理原則、歴史的に評価を得ている権威を引き合いに出し、「いま私たちがやろうとしていることは、○○と同じことなのだ」という語法を用いるのである。

ユニ・チャームの社員は皆「ユニ・チャームウェイ」という、社是やSAPS経営のマニュアルなどをまとめたバインダー式の小冊子を携帯している。海外の事業所で働く外国人にも全員、その国の言語に翻訳されたユニ・チャームウェイを持たせている。

この冊子の中に「ユニ・チャーム語録」というものがある。迷いが生じたときに参照すべき原理原則を記したものだ。そして、この語録の多くが、トヨタ生産方式に範をとった「3つのムダ」「6S」など、まさに誰もが納得せざるをえない金言で構成されている。さらに言えば、SAPS経営も、米P&Gのマネジメントモデルや京セラのアメーバ経営を参考にしている。

トヨタさんがやっていることだから、P&Gさんがやっていることだからと言えば、社員は「おお、そうなんだ」と納得して、それを受容する際の心理的な抵抗が小さくなるのである。

また、こうした語録を社員全員が共有していることは、コミュニケーションの効率化、正確化にも有効だ。会議の席で「語録のナンバー××にあるように……」と言えば、何を言いたいのかをすぐに理解してもらえる。自己流の話し方だと意味内容の伝達が不正確になりがちだが、語録に即して話せばぶれが起きない。そういう意味で、ユニ・チャームウェイは求心力の瓦解を回避するための、ひとつのツールであり仕組みであるともいえるだろう。