3000人の社員を誰よりも社長が理解

もし、上司の立場にあるなら、老婆心や仁を筆頭とする、徳や人間的魅力があれば、部下が慕ってくれるに違いありません。逆に言えば、それらが乏しければ、環境は厳しいものになるでしょう。何しろ、上(上司)が下(部下)を知るには3年を要するが、下が上を知るには3日で足りる、と言います。下は本音をなかなか吐きませんし、おべんちゃらを言う者もいるから、上からは見えにくい。一方、下から上は、本当によく見えるものです。自分のことしか頭にない身勝手で視野の狭い上司では、ついていく部下は少ないでしょう。その意味でマネジメント層にこそ老婆心は必須なのです。

では、上司は老婆心を具体的にどんな行動で表していけばいいか。私がいつも大切にしているのは、共に働く人々を「よく心に留めておく」ということです。

今、グループ全体の社員数は約3000人ですが、たぶん、彼らを一番知っているのは私かもしれません。話す相手が役員しかいないようでは、社長として落第でしょう。

毎年、新入社員に課題を出して、彼らが書いてきたレポートのすべてに目を通して、採点と評価をしています。日々の仕事は分刻みの忙しさゆえ、正直に言って、この作業は大変です。しかし、私は他人に任せません。なぜなら、新人からすれば、社長自らが「自分のことを知っていてくれる」のは、最大の配慮と感じるだろうからです。食事にも10人ずつ連れていき、彼らの話を聞くし、直接届いたメールにも返信します。また、社員の誰かが病気だと聞けば、腕のいい医者やよく効く薬を教えることもあります。

「君たちの働きが『大変素晴らしい』って言っていたよ」

他社の経営者などから、わが社の社員についてお褒めの言葉をいただいたとき、私はそう言ってその社員に直接伝えます。私がただ褒めるより、そうやって間接的に褒めたほうが社員は高評価を得た気持ちになるのではないでしょうか。これも、「部下を育てる」ことを上司の使命と考える自分流の老婆心の1つです。

野村証券の法人担当部長時代、私は多くの優秀な部下を率いていました。指示されたことだけやって、気が利かない、サービス精神が足りない、そんな社員は叱りました。老婆心は日々の仕事の中で、コミュニケーションしながら人の心を洞察し、「見通しをつける」トレーニングを積み重ねることで養われます。

上司として求めるものも大きかったが、その代わり、返すものも大きくしたかった。私が設定した高い数値目標を達成した部下の勤務評定には文句なしに最高点を付けたのです。ところが、その私の評価をボーナス額に反映させようとしない上司がいて、意見が激しく衝突しました。最終的に「ならば、僕は会社を辞めます」と。そんな向こう見ずな行動を見て、部下は私と一体となって動いてくれた。

だから、その後、店頭公開したばかりのソフトバンクに私が移ったときも、およそ60人もの野村の社員がついてきてくれたのだと思います。そのことに私は大きな誇りを感じています。

※すべて雑誌掲載当時

SBIホールディングスCEO 北尾吉孝
1951年生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村証券入社。78年英ケンブリッジ大卒業後、野村証券で海外投資顧問室などを経て、95年ソフトバンク常務。99年、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)CEOとなり、現在に至る。財団法人SBI子ども希望財団理事、SBI大学院大学学長。著書に『何のために働くのか』など。
(大塚常好=構成 小倉和徳=撮影)
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