顧客視点がないサービスは失敗する

全日本空輸(ANA)の失敗
事例2:全日本空輸(ANA)の海外ホテル事業

先ほど、多くの企業は顧客ニーズよりも、自分たちの商品・サービスにこだわりがちだと述べました。これは「このレストランは顧客サービスがなっていない」といったサービス水準の問題ではなく、「根本的な発想の起点が違う」ことであり、とても重要です。やや古くなりますが、全日本空輸(ANA)が展開した海外ホテル事業の事例を見てみましょう。

全日本空輸は1986年に国際定期便の就航を開始し、それに合わせて海外の就航地でホテルの買収・開発を行ないました。1989年のシドニーでの高級ホテル建設を皮切りに、米国、欧州と次々にホテルの買収を進めたのです。

当時の近藤社長は、ウィーンのホテル買収の際に、理由を次のようにコメントしています。

「ウィーンは欧州共同体諸国へ行くにしろ、東欧に行くにしろ、訪問客の手近な玄関である。それだけに航空会社としても足場をきちんと築くことが重要だ」(日本経済新聞、1990年5月8日朝刊)

しかし、結果的に2003年にはすべての海外ホテル事業から撤退することになり、推定で240億円の損失を計上しました(図表2)。いったい何が問題だったのでしょうか?

理由は単純です。顧客の立場からすると、海外旅行をする際に航空会社の直営ホテルを選ぶ理由などどこにもありません。皆さんにも考えていただきたいのですが、フライトがANAだったからといって、ホテルもANAにしようと思いますか? それよりも、いろいろな選択肢の中から価格帯や個人的な嗜好に応じてホテルを選ぶのが普通でしょう。

確かにANAにとっては、海外ホテル事業の展開は輸送事業における垂直統合的な動きではありますが、それはあくまで企業側の理屈であって、「うまくいくといいな」という希望的観測以上のものではないのです。

D2Cの顧客メリットは何か?

事例3:D2Cのメリット
丹羽亮介『マーケティングの大事なところを3時間で学ぶ』(フォレスト出版)
丹羽亮介『マーケティングの大事なところを3時間で学ぶ』(フォレスト出版)

このような話は現在でも枚挙にいとまがありません。

最近、筆者が企業の方とお話しすると、「D2C(ダイレクト・トゥー・カスタマー:商品の直販)を進めている」と聞くことがよくあります。

たとえば、ナイキをはじめとするスポーツ用品メーカーにとって、直営店やインターネットを通じて顧客と直接結びつき、ブランドの世界観を伝えていくことには大きなメリットがあります。ただ、顧客にとってみれば、量販店に行けばいろいろなメーカーの商品を比較して選べるにもかかわらず、あえて特定のメーカーと直接やり取りするメリットがどこまであるのでしょうか? このことは意外と明確に語られていません。

実際、メーカー側に聞いてみても、「何となくD2Cというトレンドに乗ってみただけ」ということが多い印象を受けます。私がメーカーの方に「量販店で買う以上の顧客メリットはどのようなものがあるのでしょうか?」とお聞きしても「いや、それは……」と口ごもってしまうケースもよくあります。

要するに、「売り手は顧客側の視点に立つことを忘れやすく、つい自社の視点で考えがち」ということです。この手の施策はそもそも顧客ニーズが存在しない可能性も高く、根本的に失敗しやすい思考形式といえるでしょう。

皆さんにも、自社の商品・サービスや新規事業が「こうだったらいいな」という自社の都合だけで作られていないかをぜひ確認していただきたいと思います。

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