国内の雇用は3割増へ

「実はタイでも、コモンレールシステムの生産を立ち上げることになりまして」

約930度に加熱された自動車部品が次々と工業窯炉の中から出てくる熱処理の加工ライン。

男は人の良さそうな笑顔で、汗を拭きながら話を切り出した。コモンレールシステムとはディーゼルエンジンに使用する超高圧の燃料噴射装置で、ディーゼルエンジンの排ガスをクリーンに変える画期的な製品なのだ。

欧州で立ち上げたコモンレールシステムの製造工場は、熱処理もすべて内製で賄ったが、タイでは東研がある。

「パーツのコーティングを引き受けてくれませんか」、一部の部品の耐摩耗加工の話に、「発注をいただけるのなら、喜んで設備を入れます」、対応した当時の現地法人の社長、川嵜宏(現取締役)は大きくうなずいた。

うちだけがタイで踏ん張ったから、こんなごつい話がきたんや、けど、ほんまに実現するのやろうか……、川嵜宏は半信半疑だった。が、話はさらにごつくなっていく。

「コーティングだけでなく、コモンレールシステムのすべてのパーツの熱処理に関して、見積もりを取ってください」。後日、タイの工場を訪れた大手自動車関連メーカーの担当者は、川嵜宏にそう切り出した。コモンレールシステムの70点ほどの部品の熱処理と、コーティングを丸投げしたいというのだ。

「ごつい話やないか。なんぼかかるねん」「一発目の投資で4億~5億円、さらに受注が増えるでしょうから、その先は……」

社長の問いに、親戚で修の右腕的な存在の宏が応える。2人は顔を見合わせニヤッとした。

この仕事が軌道に乗った05年には、現地従業員数は前年の倍の600人に増えた。現在の従業員数は1000人を超えている。タイ工場への投資額は、操業からの累計で50億円を超えた。売り上げも右肩上がりで、海外売上高60億円のうち、50億円をタイ工場が占めるまでになった。

タイでの実績が認められ、日本ではコモンレールを製造する大手自動車関連メーカーの協力会への加入が実現。またまたブーメラン効果で、日本での仕事量も増えた。東研サーモの場合、「海外進出=国内の空洞化」に当てはまらない。海外進出をした十数年間で国内雇用は約3割増え、単体の売上高もおよそ2.5倍に増加している。

企業の海外進出が取り上げられる一方で、中国での不買運動など、リスクもクローズアップされている。果たして中小企業は海外に活路を求めるべきなのか。川嵜は次のように語る。

「私は海外進出すべきだと思います。国内の多くの業種がダウンサイジングしていく中で、モノづくりの技術を持っているのに、転業せなあかんところまで追い込まれるのはもったいない。海外なら日本のモノづくりを生かせるチャンスがあります。日本人特有のチームークや、家族的な会社経営とか、必ず現地の人たちの共感を得られます」

11年には中国に進出。13年にはメキシコへの進出も決め、川嵜修率いる東研サーモのこれまでの海外投資の総額は、100億円を超えることになる。

現在3割の海外売上比率を15年までには5割に引き上げたい。川嵜は今、そんな目標を抱いている。

福井県立大学 地域経済研究所所長
中沢孝夫教授のコメント

海外に進出することで、2次、3次の協力メーカーが1次協力メーカーになれる可能性が高まる。

また、ゼロからの立ち上げで、自らの責任で決断を下せる人材が育つメリットも見逃すことができない。

(文中敬称略)

【熱処理業界のパイオニア】東研サーモテック
本社:大阪府大阪市東住吉区桑津5-22-3/事業内容:金属熱処理加工など/代表者:川嵜 修社長/年商:139億円(2012年3月期)従業員:759人
(熊谷武二=撮影)
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