「売上を伸ばす=PV数を上げる」の限界
【大澤】まさに、属人的なファン・コミュニティによる「フェス」ですね。政策討論よりも人物の人柄が人を集める。
【西田】逆に言えばこれくらいファンに向けて振り切った構成にしないと、「80万回、160万回再生」といった数字は達成できない。では、エモさで読者を動員するといって、朝日新聞がこれをやるのかと言ったら絶対にできませんよね。品格やコンプライアンスを考えても、新聞社がやるべきではない。
では10年で部数が3割減、社員も2割減という時代を迎えている新聞社はどうすべきか、という話なのですが、現状の新聞社は収益を上げるための工夫を、PV数と直結させすぎているのではないかと思っています。
新聞は経営と編集を分離することが今も原則になっています。ただ、編集サイドにいる人たちが経営を理解していない。だから売り上げを伸ばすというときに、編集サイドは「読まれる記事を書くしかない」と、コンテンツそのもののことしか考えていない。これ自体、もう限界が来ています。
競輪と競艇のオンライン販売で売上を伸ばすABEMA
【西田】一つの方法としては、売り上げを立てることと良質なコンテンツを切り離すこと。PVやサブスクに全振りするのではなく、他の道を探す。例えばABEMAはそれ自体では赤字なのですが、ウィンチケット、つまり競輪と競艇のオンライン販売でぐいぐいと売り上げを伸ばしており、同時にメディアとしての認知も高めています。そういう、いわば「ドル箱」を新聞社が見つけられれば、従来のコンテンツのまま、スタイルを変えずに存続できるかもしれません。
【大澤】かつては大手の出版社が漫画やその版権で得た利益で、単体では赤字の純文学を抱えるという状況がありました。そうまでして残すべきなのかという問いはさておき、社会的な価値を持つものをトータルな経営のなかで維持する視点ですよね。
やはりこの100年で新聞は大きくなりすぎたようです。その大きさを維持するには先ほど言った中間層の幻想に浸り続けるしかないわけですが、幻想はあくまで幻想です。中間帯がごっそり抜け落ちている現状を考えるなら、高度な論評や国際情勢の詳細なニュースを扱うクォリティ・ペーパーと、エンタメ寄りの新聞とを棲み分けるクラス化の検討も、いよいよ不可避の路線となりそうです。こうした発想が日本になじまないのはよくよく分かってはいますが。