世界に先駆けた「クール宅急便」

ヤマトホールディングス会長 
瀬戸 薫
(せと・かおる) 
1947年、神奈川県生まれ。70年中央大学法学部卒業、大和運輸入社。82年大和運輸はヤマト運輸に改称。87年営業推進部宅急便課長、99年取締役関西支社長、2004年常務。05年ヤマト運輸はヤマトホールディングスに移行。06年社長、11年会長。

デフレが長引くなか、「食」の世界が、消費を大きく支えている。いまや、日本の食卓の豊かさは、世界でも群を抜く。全国の漁港から「とれたて」の魚介類や稀少な珍味類、あるいは各地の銘柄牛や特選豚の肉を、簡単に鮮度を保って家庭へ直送してもらえることが、その豊かさをより深いものにしている。

25年前、宅急便課長になって、食材の鮮度を保ったまま届ける「クール宅急便」を、世界に先駆けて始めた。直前に、北九州市の小倉と山口県の小郡で支店長を歴任した。そのとき、地元で獲れる新鮮な魚介類を親族や親しい人にも味わってほしいと考え、発泡スチロールの箱に氷を詰めて、宅急便で送った。

だいたいは、翌日、氷がちょうどいい具合に溶けているころに着くので、最高の味を楽しんでもらえた。だが、何軒かは不在で、宅急便のドライバーは持ち帰らざるを得ない。翌日、再び届けるころには氷が溶けて鮮度は落ち、台無しになる。そのことだけを防ぐには、配送拠点に冷蔵庫を配置し、戻ってきたら入れておく手もある。でも、それでは「一番いいときに食べてほしい」との送り手の思いに、応えきれない。受け取るほうにも、同じだ。そういう難しさがあるから、業界では、誰も踏み込もうとはしない世界だった。