健康診断を受けると老後がつまらなくなる

長生きを目的にすると人生はつまらなくなる、というのが私の持論。私は今年で77歳ですが、たとえ体調が悪くても毎日酒を飲むし、健康診断も受けません。楽しくもない人生を長く生きても仕方ありません。

池田清彦氏
池田清彦 Kiyohiko Ikeda 早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。1947年、東京生まれ。専門の生物学のみならず、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する100冊以上の著書を持つ。

老人になることは子どもに戻ることとも言えます。どちらも、未来のことを考えなくていいという点が共通しています。たとえば、5歳の子どもに将来どうなりたいかと聞いても、真面目に考えないのが普通です。大人が強制しない限り、今を犠牲にして未来のために努力するようなこともしません。今この瞬間を、遊んだり食べたりして楽しく過ごすのが子どもにとってはベスト。これは高齢者も同じです。

10年、20年も経てば、われわれのほとんどが墓にいるのだから、その時々で「今、一番やりたいこと」をすればいい。残された時間が少ない高齢者こそ、未来を不安に思う必要はなく、思う存分、楽しいことに打ち込める時間を迎えているのです。

そもそも生物学的に見れば、40歳以降はすでに死んでいてもおかしくない年齢です。動物が自然環境に置かれて生きた場合に迎える寿命を「自然寿命」と言います。この自然寿命を割り出すのにDNAの「メチル化」という現象を調べる方法があり、それによると、ヒトの自然寿命は38歳と推定できます。人間がもしも野生のままに生きていれば、大半が38歳前後で死んでいると考えられるのです。つまり、40歳以降は「おまけ」のようなもの。生きているだけで儲けものの人生なのです。

ましてやわれわれのような高齢者が、煩わしい付き合いや世間のしがらみに囚われて悩むのは時間のムダでしかありません。それよりも、今自分にとって楽しいことは何かということを真っ先に考えるべきでしょう。

身体の不自由さは解決できる技術がある

中には、お金も楽しみもないから、もう生きていたくないと思う人もいるかもしれません。もしくは、周囲に迷惑をかけるくらいなら、長すぎる老後を生きるよりも早く死んでしまいたいという人もいるでしょう。世界的には安楽死の是非をめぐる議論が進んでいて、いくつかの国ではすでに安楽死が合法化されています。カナダでは、非終末期の患者にも安楽死が認められるなど制度の拡大が進み、実際に安楽死を選ぶ人も増えています。もしかすると、近い将来、日本においても安楽死の導入について議論が巻き起こるかもしれません。しかし、安楽死は本当に自らの意思によるものか、という線引きは難しい問題です。自ら死を選ぶ権利が拡張されることで、周囲の圧力によって本人が望まない形で「自己決定」が行われる可能性もあります。

長生きしたくても早死にしたくても、そんなことは関係なしに人はどうせ死ぬのです。だから、できれば最期まで楽しく生きたほうがいい。年寄りは枯れたほうがいいと言う人がいるけれど、そんなことはありません。好きなことを好きなように楽しめばいいのです。たとえ人から見て恥ずかしいことでも、それが生きがいになるのですから。

ただし、体の調子が良くなければ楽しいことも楽しめません。運動をするのが好きでも、体のあちこちが痛ければウオーキングすら楽しめないでしょう。体が思うように動かないと外出が億劫になり、ほかの楽しみも諦めてしまうというのはよくある話。昔はできたことができなくなるというのは、周囲が思う以上に気落ちするものです。

しかし、今の社会には便利な道具がたくさんあります。高齢者だからこそ、最新機器を駆使して、人生を楽しむことに全力を注ぎましょう。歩けなくなってしまったら、電動車椅子を使えばいい。「もう年だから」と楽しみを諦めるぐらいなら、車椅子に乗って外食したり買い物したり、便利な機械を使い倒すのです。テクノロジーが進化するスピードはすさまじいですから、近いうちに精度の高い自動運転の車や、脳波で機械を動かすブレイン・マシン・インターフェースが実用化されて、機械が体の役割を担う領域はますます広がっていくでしょう。手足が不自由になっても、普通に生活する分には困らない社会になりつつあるのです。

体は機械の力でどうにかなる。問題は脳の老化と病です。特に認知症は多くの高齢者にとって無視できないリスクです。年を取れば取るほど認知症になる可能性は高まります。2013年に公表された調査では、95歳以上の男性の約5割、女性の約8割に認知症が見られました。もはや年を取れば認知症になるのが当たり前で、認知症にかからないほうが珍しいと言えそうです。

だからまずは認知症になることを受け入れてみてはどうでしょうか。実は認知症になることは、悪いことばかりでもありません。

たとえば、認知症の特徴の一つに、痛みに対する感受性が鈍くなるというものがあります。認知症の人の中には、骨折して相当痛いはずの病状の患者さんでも、痛み止めを必要とせずに平気でいる人も実際にいるようです。それから、自我や時間の感覚が薄くなり、死が怖くなくなるという側面もあります。これらはある意味、認知症のメリットとも言えます。

60代や70代のうちから「認知症になったらどうしよう」と心配していても仕方ありません。認知症になる前に死ぬかもしれません。認知症になった後のことは、そのときに考えればいいのです。

「100歳まで生きて当たり前の時代」ではない