新NISAの推奨は将来不安を増大させる

お金に関する不安は、大きく分けて2つあると思います。1つは「将来、お金が足りなくなるのではないか」という将来への不安。これは特に、子育て層が多く持っている悩みですね。そしてもう1つは「不慮の事故や病気にいつなるかわからない。そうなったときに大丈夫だろうか?」という、もしもの不安。

泉房穂氏
泉 房穂 Fusaho Izumi 兵庫県明石市出身。2011年から23年までの12年間明石市長を務め、10年連続の人口増加や出生率アップなど、多くの実績を残した。現在は作家・コメンテーターとしても活躍。『社会の変え方』ほか、著書多数。

なぜこうした不安を感じるのかというと、国や行政が「自己責任」を掲げて不安をあおっているから。「貯蓄から投資へ」というスローガンや、新NISAの推奨などは、自己責任論の最たるものだと思います。自己責任を国民が押し付けられているから、「何かあったときは自分が責任を取らないといけない」と不安に感じているんです。「自助、公助、共助」という言葉がありますが、今の日本は国が自己責任を掲げるくらい公助が弱い。そして、村社会や大家族といった地域の形も薄れてきているので、共助にも期待できない。結局、自分のことは自分でなんとかしないといけないという、自助社会になっているわけです。

私が3期にわたって市長を務めてきた明石市では、市民の不安と、自助に頼った構造を解消することを強く意識しました。市民の不安に対して「その不安、明石市だったらしなくて大丈夫ですよ」「明石市だったら、何かあっても面倒見ますよ」というメッセージを伝えることで、安心して暮らせる街を目指してきました。

私が就任した直後に行ったのは、病児・病後児保育や預かり保育施設の設置。明石駅前の一等地に預かり保育の場所をつくって、親が病気になったら子どもを預かるというものです。小さなお子さんがいると、どうしても家庭が子育て優先になってしまう。「子どもに何かあったらどうしよう」と思うあまり、働く意欲があるのに働けなかったり、フルタイムで働くことを諦めざるをえない親御さんたちがいるわけです。昔ならおじいちゃん、おばあちゃんが見てくれたかもしれませんが、今はそういう世帯は減ってきている。そこで「あなたのお子さんのおじいちゃん、おばあちゃんの代わりは明石市がする」というメッセージを打ち出すことで、安心して子育てができるようにしました。

また、認知症対策にも力を入れました。年を重ねると、どうしても病気が多くなります。特に脳の病気は自覚しにくい。「足が痛い」「腰が痛い」という自覚症状があれば病院に行きますが、脳の病気は自覚症状が小さく、発見が難しい。国は認知症予防を重視していて「認知症になってはいけない」というわけです。でも、なってしまうのは仕方がないし、誰だって認知症になりたくてなるわけではない。これだと言われた側は「認知症になったらダメだ。でも認知症を100%予防する術はない。どうしよう」と、不安が大きくなってしまいます。

そこで明石市では、「認知症になっても大丈夫。明石市がしっかり応援するから」というメッセージを伝えるようにしました。認知症のチェックシートに回答するだけで500円分の図書カードがもらえるようにし、実際に認知症になったら、明石市独自の認知症手帳を発行し、ヘルパーやショートステイや宅食の無料券などを配布するという施策を打ち出しました。認知症の早期発見は本人も助かるし、家族も助かる。明石市では認知症の診断で使われるMRIの費用も無料にして、認知症になったらかかる費用の一定割合も市で負担しています。「認知症になっても大丈夫」がポイントなんです。

「認知症になったら駄目です。予防してください」というメッセージよりも、こちらのほうがよっぽど公助や共助になっていると思いませんか。国が自己責任で予防を頑張ってくださいと言っても、認知症を100%避けることはできない。それを自己責任で片づけるくらいなら、「私たちが面倒を見ます」と行政が手を挙げて、助け合える環境をつくることが大事だと思います。